THE STONE WORLD


白の仕上げ馬

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部屋の入口を見ると、顔のいい男が一人。先程もちらっと話題にあがった彼がいつの間にかそこに立っていた。

「できんだろ?俺のナマエにできねぇことなんかねっつの」
「あなた誰?」
「通りすがりの暇人」

今日の仕事を済ませてきたらしい。
昨晩は私の意地に付き合わせてしまったおかげで、彼も少し寝不足なはず。おそらく私は深夜の二時くらいまで粘ったのではないのだろうか。
しかし軍人さんたちは交代で見張りなども担っているから、そのくらいはどうってことないのだろう。普段通りの様子だ。

「おお!スタンができると言うならそうなのだろうな。完成を楽しみにしているよ」
「幼なじみに対する信頼厚すぎない?」
「そりゃあ僕の幼なじみだからね」
「だから幼なじみに対する信頼が……」
「もちろんゼノはあんたのことも信頼してっから安心しな」

自分に対する信頼を一切否定しないゼノの幼なじみ。さすが貫禄が違う。

「……なに、そんなに持ち上げて。欲しいものでもあるの?あいにく今は予約でいっぱいだから追加注文はまた今度にしてね」
「注文じゃなくて頼みがあんだけど」

ゼノはいつの間にかいなくなっていた。この一瞬で……!何かを察したのだろうか。この男と二人きりにしないでほしいのに。そうしたら彼はチャンスとばかりに目を光らせて、

「今夜は早く寝ろよ?ああ、なんだったら俺が傍にいてやってもいいけど」

こんなことを言う。

「その件はもう謝ったでしょ。それともスタン、夜さみしくなっちゃったの?」
「……。あーそんな感じ。だからあんたと一緒にいてぇの」
「でも私は別に寂しくないから」
「つれねぇな。寂しくなくても、俺と一緒にいられるだけで嬉しいだろ?」
「作業を手伝ってくれるなら嬉しい」
「あんたどこかに可愛げ忘れてんぜ」

スタンは「なあー」と芯のない声を出しながら、背後から片腕をまわして頭にあごを乗っけてきた。重い。振り払っても再度巻き付く彼の腕。人目がないからいい気になって。
彼の部下がこれを見たら、どう思うのだろうか。いっそのこと通りかかって目撃されてほしい。いや、そしたら私のことも同時に見られてしまうからやっぱり通りかからないでほしい!

「本人はこんなに可愛いってのに」
「…………」
「照れるとこだぜ、ここ」

構ってほしい気分のようだけど、私はゼノのデザイン画ならぬ設計図を眺めるのに忙しいの。返事もせずに無視していたら、スタンが上から覗き込んできた。

「なにそれ」
「ゼノが考えてくれたの。こういうのが着たいんだって」
「……襟とがってね?」
「うん」
「できんの?これ、ナマエに。なんか難しそうだな。さすがゼノは発想力が違う」
「え?スタン、さっき私にできないことはないって言ってなかった?」
「あんなん嘘に決まってんじゃん」

なんなのこの人。

「ナマエは早寝も早起きもできねぇし、体調管理できねぇし、体重管理もできねぇし」
「最悪。あっち行って」
「俺の話も聞いてくれねぇし」
「…………」
「俺の扱いひでぇし」

スタンってこんな感じだったっけ?
女々しいのは顔だけにしておいた方がいいんじゃないの。……と、思ってしまったが、これはだいぶ傷つけてしまいそうな気がしたので、無視をするついでに黙っておいた。

「ったく、分かった分かった。俺らのための仕事だろ?服作んのはあんたにしかできねぇことだし。構うのは諦めっから」
「諦めるの?」
「それ聞き返すのやめな?俺のメンタルが持たねぇ。……我慢してやんよ。今日は諦めっから」

正面に回りこんで私を見下ろす彼。親指で口角の上がった口元を示された。

「ここ、くんない?」



その自信満々の顔。これでどれだけの女の子を落としてきたのだろうか。
嫌だと言っても聞いてくれないな、これは。はぐらかしても無駄だ。彼は本気だ。私は彼と恋人になった憶えはないのに、それでも彼は平気で触れてきたりこうやってキスを求めたりする。

これが私に対してだけだから、困る。

いや、もちろん誰彼構わずこんなことをしてたら引くけど!そうじゃなくて。
ルーナたちにわざわざ教えてもらわなくたって、スタンの好意は毎日これでもかというほど伝わってくる。なんでだろう、ある時からだ。彼がこうなったのは。
そのあからさますぎるオーラに気圧されてしまって、一歩下がらないとやっていられなくなる。それでもスタンは負けじと近づいてくるから、また一歩後ろに下がってしまう。これが私の嫌なところ。

ちゃんと好きなはずなのに。

なんでだろう、生まれた時からだ。私がこうなのは。思いもしない言葉が出てくる。思いもしない行動に出る。それはそうしたくない相手であるほど顕著に現れてしまう。
彼の好意は嬉しい。でも素直に受け入れられない。照れ隠しの度が過ぎるのだ。そんな自分に嫌気がさして無意識に若干皺のよった眉間を、彼は小さく笑いながら親指でぐりぐり広げて伸ばした。

「またそんな顔して。そんなに嫌?本当に嫌なら真っ向から拒絶すればいい」

ほら、こうしてまた勘違いされる。できるわけないじゃん拒絶なんて。

「そんなことされたら一晩中泣くけど。いや一晩と言わず何日でも」

微妙な態度なとる私に、尚も好意をぶつけてくる。彼のメンタルは底知れない。私だったら好きな人にちょっとでも嫌がられたら、もうダメだ。挫けてしまう。なんで彼は飽きないのだろう。立場をわきまえず尊敬すらしてしまう。
そんな彼に甘えているのが、私。

「スタン」
「ん?」
「…………」

精一杯の勇気を出して、スタンの顔に向かって空中にキスをした。

はるか昔、口紅を塗った後に鏡の前でやっていたことだ。それはもう毎日のように。そうそう、私は今口紅を塗ったの。そう思えばどうってことはない。
何が起きたのか分からなかったのか、数回瞬きをするスタン。恥ずかしくって踵を返せばすぐに彼の声が聞こえてきた。

「えっ、なに今の投げキッス。そうくんの?ねえナマエ、もっかいやって?」
「やだ……私作業場に戻る」

ラボの机に散らかしていた用紙や道具たちをかき集めて、足早に出ていこうとしたらやっぱりスタンに呼び止められる。

「待て、待ちな、俺を置いて帰んの?」

やだ。立ち止まれない。せっかく私の方から少し歩み寄れたのに、もうダメ。今はこれが精一杯。それでもやっぱり彼は追いかけてきた。なんで、今ので満足してよ。
このままじゃどこまでも追いかけ回されそうだ。こうなったら比較的重たいものをスタンの腹に押し付けた。

「こ、今夜暇なんでしょ?なら手伝ってよ」
「ヒマヒマ、超ヒマ。なんでも言ってプリンセス。なんなら朝まで付き合ってもいい」
「なにそれ。昨日の夜と言ってること真逆。ていうかなんで私のことプリンセスって呼ぶの。私プリンセスじゃない」
「いや、昔からあんたは俺のプリンセ――」
「うるさい」

それを言うなら、スタンは私の王子さま。



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