THE STONE WORLD


ほつれる縫い目

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え、なに?困惑しているうちに、勢いのまま背後の壁まで追いやられた。超至近距離から真剣な顔で見つめられる。え、なに。そんなん嘘じゃんって笑われると思っていたのに。

「もうダメ。本気で取りに行っていい?」
「な、何を」
「ここ」

胸の中央に指を置かれた。鋭い視線に思わず息を飲んでしまったのを隠すように・・・平静を装って小さな声で「できるものなら」と呟いたら、自信満々に即答された。

「できるね。狙い撃ちは俺の本職なもんで」

……言っておくけど、私のここはもう何度も何度も撃ち抜かれてる。

「てか、今までだって結構本気だぜ?いつになったら心開いてくれんのよ」

彼の好きがまっすぐ伝わってくる。
だめだよそんなにまっすぐ伝えたら。小さな私じゃ受け入れられない。そんなことをしたら、嫌な私が前に立つ。
私の中の嫌な私。普段からよく顔を出す嫌な私。偽物の本性だ。本当の私じゃない。まるで呪いにでもかけられたような、真っ黒な偽物の私。
こうなったらもう私でも止められない。私が私じゃなくなる。

「……今日は手伝ってくれてありがとう。片付けは私がやるから、もう帰っていいよ」
「一緒にやんよ」
「いい」
「なんで?二人のが楽じゃん」
「いいから帰って」

思いっきり顔を逸らして、スタンの腕を振り払った。

「なんでよ、ナマエ。朝まで付き合うって言ったじゃん。こき使えよ」
「そんなのいいから、あっち行って」
「なんか言いてぇことあんなら、言ってくれりゃいいのに」
「そんなのない!いいからあっち行って!」
「あー、ムキになってんじゃねぇの?」

離れるどころか壁に手を着く彼。どうして近づいてくるの。どうしたら離れてくれるの。なんでそんなに優しい顔をするの。なんでこんなに温かいの。
なんで私の中はこんなに冷たいの。
壁との間に挟まれて、体も心も逃げ場をなくした。閉じ込められた本当の私。嫌な私が口を開く。

「きらい」

やめて、私。

「嫌い?さっき俺のこと好きって言ってくれたじゃん、まあ外見だけ」

これでもだめなの?これでもあなたは私のことを見捨てない。心のどこかで安心する嫌な私。でもだめ、早く離れてくれなきゃ次は何を言うか分からない。

「・・・てか、そんな顔で言われても」

傾いた頭で顔を覗き込まれた。彼の息遣いを近くで感じる。近い。嬉しい。でも離れてほしい。胸の中央が騒ぎ立ててる。彼の体を押し退けようとする両手が捕まって、壁に押し付けられた。さらに近づく体。

そんな顔って、どんな顔?

そんなのいいから、とにかくいい加減離れてほしい。いてもたってもいられなくなって、片膝を彼のそこに向かって思いっきり振り上げたら、すかさず壁から手が離れて脅威の反射神経で止められた。

「うぉっぶねー・・・だめだめ、これはさすがにだーめ。これは奥の手、マジで。痴漢とか撃退するやつ」

スタンだって人のこと言えないじゃん。
あっちに行ってと言っているのに一向に離れてくれない。深夜。二人きり。こんなに近い距離で、あなたが何をしようとしているのか分かってしまう。

「ダメ、来ないで。スタン、嫌い」
「どの辺が?」
「全部」
「嘘はやめな。見た目は好きなんだろ?」

嫌な私が止まらない。あなたはそれでも態度を変えない。嫌な私がこんなに嫌がっているのに、さらにさらに近づいてきて肘ごと壁についてしまった。足の間に足を入れられたら、私はもうさっきのようなことはできない。

「俺さ、エアじゃねぇのが欲しい。あれはあれでクソ可愛かったけど」

彼の好きが大きい。

「ねぇ、もっかい……ここくんない?」

さっきと同じ言葉。力なく首を振るが、彼はやっぱり諦めない。執念深いというか。なんでこうなってるんだっけ。私が一瞬抱き締めたからだ。彼は私のその行動だけで、急に。

「それとも、俺がもらってもいいか?……嫌なら逃げろ。全力で」

そう言いながら彼は私の腰に手を回してゆっくりと強く抱き寄せた。だからさっきから抵抗してるんじゃん。力で適うわけないの知ってるくせに。……でも、本当に全力を出せば優しいあなたは逃がしてくれることを知ってる。
それを知っていながら、全力で抵抗できない私の愚かさを呪う。
もうダメ、ダメだ。ぎゅっと目を閉じた。これまで私を保っていた何かが雑巾みたいにズタボロにされて限界だった。凶器は私の内側から伸びている、まるで棘のようなもの。何度も何度も刺されていような、鋭い痛み。

その棘が彼にも届いていると分かっているからこそ、痛くて痛くてたまらない。
だって、本当の私も偽物の私も、彼にとっては同じ人物でしかない。

「……や、めて」

あなたのことを傷つける私が嫌いだ。
決壊した。



「待て、わり・・・泣くな、ナマエ」

いつの間にか泣いていた。ずるい私。

一旦体が離れて、すぐに涙が生まれる場所に向かって彼の手が伸びてきた。それをまた振り払う。これは汚い涙。優しいあなたに拭われるほどの価値はない。
それでも、いくら振り払っても彼の手が元の位置に戻ってくるから、無我夢中になって伸ばした拳がスタンのお腹に命中した。
やらかした。これにはさすがに堪えたのか、驚いたように私の名前を呼ぶ彼の声が小さく震えた。

「ナマエ、……」

腕が離れたのを見計らって、彼の胸板を軽く押すと、さっきまでとは打って変わって簡単に遠ざかる体。彼と壁の間をすり抜けて外に出た。

ああ、人生で一番やらかした。毎日自分を偽るごとに、毎日毎日更新していた不名誉な記録だ。今日は段階を何段も何段もすっ飛ばして、人生で一番やらかした。
なんでだろう。一番欲しい言葉をもらえるほど、私の口から出てくるのは一番言いたくない言葉。なんでこんなに苦しいんだろう。

本当の私を取り囲んで閉じ込めてしまう、この嫌なものはどこから来たの。そんなことは分かりきってる。これは私が私の中に勝手に生み出した、呪いだ。



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