THE STONE WORLD


テコ入れ接着芯

+++


「スタン」

突然聞こえてきた声に、俺の体は過剰に反応してしまった。反射的に彼女から距離を置いて、まるで銃口を突きつけられた人間のように両手をあげてドアを見る。

訝しげに眉を顰めるゼノと目が合った。

「スタン、君が女性に手を上げるような最低な男だとは思わなかったよ。無理やり泣かせてまで手に入れたかったのかい?」
「……あー」
「その手法はとてもエレガントとは言えないな。たとえ君が僕の大切な幼なじみだとしてもこれは見逃してやれない」

いつからいたんだよ、こいつ。今日くらい大人しく寝てろよ。
つーかとんでもねぇ勘違いをされてるような気がするが、……あれ、よく考えたらこいつが言ってること全部正しくね?だって、無理やりキスして泣かせたわ。
そうだよ、結局ゼノが言うことって全部正しいんだよな。ほら、あれ、だから……彼女が実は俺に惚れていたっこと。自分で言うの恥ずかしい。

「……言い訳のしようがねぇな。ゼノ、俺を裁いてくれ」

さすがにな、今の俺の反応は完全にやらかしたやつの行動だ。そして実際にやらかしている。大人しく後ろに下がって部屋の隅の椅子に腰掛けると、彼女は緊張が途切れたようにその場にへたりこんだ。ちなみに俺の両手はまだ頭の後ろにある。

「認めるのかい?」

ゼノは珍しく目を丸くして、俺のことを凝視した。何が言いたい?首を傾げると、改めて部屋をぐるりと見渡すゼノ。

「僕はただ、この部屋の惨状を見てそう判断しただけに過ぎない。事実を話せ。君はそういう男ではないと分かっているよ」
「あー、いや、ゼノが正しい」
「……」

難しい顔をされた。
ちょっとした沈黙、聞こえてくるのは彼女のすすり泣く声だけ。ゼノはとりあえずそっちを優先することにしたのか、部屋の中に入って彼女の正面にしゃがみ込んだ。

「ナマエ、目を擦るのは良くない。それに床に座ると汚れてしまうよ」

至って冷静な口調で諭し、肩に手を置いた。ゼノのが長い付き合いだしな、俺なんかよりずっと丁寧な対応なのに……それでも彼女はビクともしない。口を開かない。小さく膝を抱えたまま延々と肩を震わせている。
ゼノは彼女をどうにかするのを早々に諦めたらしい。見捨てたのではなく、見切りが早いのだ。その辺にあった適当な布地を肩にかけると、自分は近くの椅子に腰掛けた。

「……スタン、今彼女が泣いている理由と、そうなるに至った経緯を洗いざらい僕に話してくれ」
「ここでか?てか、話せば長くなんだけど」
「気にせずともいい。夜が明けるまででも付き合ってやろう。ちょうど作業に区切りがついたところだからね」

ゼノのクマ、健在だが。

「今日は……先日のことで?」
「そう。でも割と解決しかけてんよ」
「これでか?」
「……改めて聞かれると自信なくす」

俺は彼女の本心が聞けたからもうとっくに悩みは吹き飛んでいた。なにもかも終わったつもりでいたが、……彼女はどうだ?俺の意見を押し付けただけじゃ、とても和解したとは言えない。
ナマエは今後、どうしたいのだろう。

「僕は君たちのことをよく知っているから余計な心配を抱くことはないが。スタン、こうなるに至った経緯がなんであれ」
「……おー」
「デリケートな話し合いをするのに、密室で二人きりというのはいただけないな。力の差で考えてみろ、明らかに君の方が優位だ」
「ごもっとも……」
「まあ、君を悪者だと断定付けるにはまだ早い。具体的な流れを話せるかい?」

デジャブだ、これ。やはり俺には大人しく話をするしか選択肢がないから、ゆっくりと口を開いた。

「まず、ナマエが俺の服を作ってくれた」
「おおスタン!具体的にとは言ったが、簡潔に頼むよ」

その言葉、普段のあんたにお返しすんぜ。

「……泣かせたのは俺のせいだ。話の流れでキスした。無理やりだ。つまりこの前できなかったことを実行した」
「……」
「それだけ」
「理解不能だ。序章からかいつまんで粗筋を話せと言っているのに。ワンシーンだけを知らされて、僕はどう批評すればいい」

なるほど分かりやすい。物語に喩えてくるとは。それなら始まりはやっぱりあの日だろうな。ゼノが俺らを引き合わせた日。これはゼノが始めた物語だ。

「君はもしかして自分から悪者になろうとしているだろう」

言葉に詰まる。

「少なくとも今の君の言い方では、たとえ無意識的であってもそういう意図を感じてしまう」
「……そう?」
「もしも彼女を庇う意図があるのなら、それはこの場においては余分な要素だ。包み隠さず事実を話せ」
「でも実際さ、俺が100悪いんだし」
「それを判断するのは君ではなく僕だ」
「……俺が語り手になれば、どうしても俺の感情びいきになっちまうと思うが」
「もちろん僕は彼女からも話を聞くつもりだよ。だから今はそれでいい。主観でいいから聞かせてくれ」

ゼノは俺のことも彼女のことも同時に疑っているらしい。よくもまあ、そんな私情を挟まずに割り切れるものだ。
何から話す?頭が働かない。寝不足気味だからだ。そして、今日はなにより彼女の棘をたくさん食らったあとだから。でも今解散して寝るのは、問題を後回しにすると同意義。解決の機会を逃してしまう。そもそもこんな状態で寝られるわけがないし。
でも、やっぱり頭が働かないから簡単な説明しかできそうになかった。

「俺、ナマエのこと大好きでさ」
「……知っているよ」
「だから、ほんと、キスしたくなっただけ」
「本当にそれだけ?」
「本当。割とマジ。分かってんよあんたの言いたいことは。自由に俺を貶してくれ」
「貶しはしないよ。貶すのは彼女の仕事だ」

おーい、やっぱりあんたってそういうとこあるよな。でもいい。もうさんざ貶されてっから心配はご無用だ。

「やはりナマエの意見も聞かないとな」

少し時間を置いただけではあるが、彼女の涙は落ち着いていた。相変わらず置物のように静かに座っている。
そういえば、今の俺の言葉に彼女は耳を塞がなかった。俺の熱烈な愛の告白に。まあ単純に聞こえていなかったのかもしれないが。いつしか真正面から受け取ってくれる日が来るといいけど。



テコ入れ接着芯
backnext
[ toplist ]