THE STONE WORLD


願いを叶えた糸車

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翌日。夕方。

「それ、着心地どう?」

昨日、あんなにも中途半端に終わったはずなのに、超普通に話しかけられたから度肝を抜かした。

午前中にいくら探しても見つからなかったから、これまでと同じようにあの小屋に閉じこもっていたらしいが。今日は会えないつもりでいたから驚いた。
いつもと同じツンとした表情。ああ可愛い。惚れた。まあ、昨日あれだけ泣き腫らしてたから……冷やしてはいたんだろうけど、今でもまだ若干目元が赤い気がする。でもわざわざ指摘するのはうぜぇよな、じゃあ俺も普通に接する。

「いい感じ。あんた天才だと思う」
「そういうのいいから」

昨日はあのあとすぐに寝た。今日もいつも通り朝から晩まで重労働があったから、さすがに体を休めないとやっていられない。
ちなみに今は休憩時間。相変わらずいつもの切り株に座って、夕陽を眺めていたところ。やってることが年寄りくせぇな。でもこうなるのも仕方がない、この世界にはまだ暇潰し道具が無いから。そしてたばこもない。そろそろ誰か恵んでくれ。

「きついところは?動き辛いところは?」
「特にねぇな。ピッタリだ」
「そう?それならよかった」
「そういやさ、俺あんたに計測された憶えないんだが。なんで体格把握されてんよ」
「ゼノに聞いた」

やっぱり。まあそうだろうなと思っていたから驚きはしなかった。せっかくなら彼女自身の手で胸囲とか測られたかった。でもそしたら耐えきれなくて開始十秒で抱き締めちまうな、とかいうことを懲りずに考えてしまう俺のサガ。
そんなことより驚いたのは、ほとんど全員分の服が既に完成していたことだった。俺含めて皆がそれぞれ自分の服に腕を通していて、石の世界から一気に現代みが増してきたというか。仕事が早過ぎやしないか?やけに盛り上がっていて騒がしいと思った。

そして、服を着ているのは彼女も同様。

「ねぇ、それもしかして俺のと同じ?」

言及するかしないか死ぬほど迷っていたが、俺の口は勝手に喋り出していた。
彼女の服、どこからどう見ても俺のものと同じ素材だ。ファスナーの色味も同じ。俺のよりもう少しゆとりがある上に、俺のとは違ってワンピースだけど。

「…………スタンの余り布使っただけ」
「オソロじゃん!ペアルック、とまではいかねぇけど。なんか雰囲気お揃いじゃん」
「お揃いじゃない」
「ねえ、さりげなくそういうことすんのさ、ホント可愛いあんた」
「うるさい、もう脱ぐ。作り直す」

そっぽを向きながらファスナーに手をかける彼女。待て待て待てここで脱ぐな。慌てて立ち上がって彼女の前に立った。

「いいじゃん、可愛い。似合ってる」
「私の好みってだけだから」
「ああ、だって俺のこれもあんたが提案してこうなったんだ。ナマエの好きなもんで全身包まれてんの……気分いいね」
「なにそれ」
「だってあんたに抱きしめられてる感じすんじゃん?想像だけでもう満足」

そう言った途端、黙り込む彼女。眉をひそめて顔を逸らす。露骨にひしゃげる表情を隠そうともしない。ついでに横目に睨まれた。
あーこれこれ。これは棘を食らうやつ。やっぱり呪いが解けるまでまだしばらくは時間がかかるらしい。

「やめて勝手な妄想、きもちわるい」

痛った。彼女の前では平然としてるけど、痛いんだよこれ。たとえこれが嘘だとしても、マジな顔してマジのトーンで言われるからまっすぐ心をぶち破られる。
それでも俺は聞かなきゃなんねぇの。彼女の口から出る言葉はみんな記憶の中に取っておきたいっていうか、ひとつ残らず聞いてあげたいっていうか。いやマゾじゃねぇから。
だって、ふとした時に可愛いこと言われた時に聞き逃したくないし。まあ全然言ってくれる気配ないけど。

その時、両手で胸倉を掴まれた。

「待って」
「……ナマエ?」

彼女から胸倉を掴まれる経験など一度もない上に、そもそも触れられることも滅多にないから、柄にもなくたじろいだ。どこぞの純情少年だ。

「今の違う」
「違う?」
「……違うの、あなたは気持ち悪くない」

ふるふる、首を横に振る彼女。地面を向いていて表情が見えない。

「もしかしてさっきの?」
「気持ち悪いのは、想像の私」

想像の私。そんなこと言ったっけ?全然意識していなかった。想像だけでもう満足ってやつ?俺はとりあえずあんたのことを抱きしめたいだけなんだが。

「本物がここにいるのに、偽物で満足しないでよ。偽物より本物を抱きしめて」

呼吸が止まるかと思った。

「え?俺抱きしめてもいいの?マジ?抱きしめてもいいの?」
「そんなこと言ってない」
「いや、絶対言った。今のは絶対言った」
「言ってないから!」

下を向いて叫びながら、未だに俺の胸倉を掴んでいる。と思ったら、手が離れた。もう少し触れていてくれても良かったのに。
勝手に残念に思っていたら、彼女はひとりごとを呟くように小さな声で話し出した。

「……ねえ、今から私が言うことに何か反応したら許さないから」
「え?ああ、うん。言ってみ」

何か言いたいことがあるらしい。
石の世界は静かだかんな。今は夕方だからまだその辺から誰かしらの話し声が聞こえてくるが……小さな声でも、彼女はちゃんと俺に聞こえる声量で話してくれた。

「今までごめんなさい」

さっそく大声を出しそうになった。モールスで伝えんのが精一杯じゃねぇの!?まさか本人の口からその言葉を貰えるとは……ていうか俺はもう許してんのに。だめだめ、反応しちゃいけねーんだった。

「とてもたった一言で済ませられるような罪じゃないけど、ごめんなさい」
「……」
「今みたいに、私はこれからも無意識にあなたに暴言を吐いてしまうと思うから。それが嫌だったら、いつでも嫌いになっていい」

なるかよ。

「でも、今までずっと、こんな私を嫌いにならないでいてくれてありがとう。……救われた。あなたに出会えてよかった」

そういうのを直接俺に伝えられるようになっただけで、充分前進してんじゃん。ゼノが介入してくれたおかげだろう。あの後、俺のいないところでゼノがなんかしてくれたのかもしれない。
本当だったら抱きしめて頭を撫でてやりたいところだけど……プリンセスのお願いだかんな、今のに対して反応しないのは遵守して、ひとりごとを呟くだけにした。

「ナマエ、愛してる」
「許さない」
「ちげぇ、今のはひとりごとだ」
「うるさい」

うるさいと言いながら耳を塞がない。それだけで死ぬほど嬉しい。彼女の周囲を取り囲むいばらが、徐々に徐々に消えかけている。そんなことを実感できる。

「ナマエ、待って。こっちこそ言いたいことあんだけど」
「なに?」
「俺のキス、嫌だった?」
「は?いきなり何?」
「先週はまあ未遂だが、昨日のも併せてちゃんと謝ってなかったじゃん。嫌だった?」

ちなみに、彼女が石の時にやったキスのことは墓場まで持っていくことにした。理由はない、なんとなくだ。将来ポロッと打ち明けることがあるかもしれないけれど。

「……聞いてどうするの」
「嫌だったら謝る。嫌じゃなかったんなら、もう一回キスする」
「は?」

不審者を見るかのような目で見られた。その顔も可愛いけど、……やっぱり嫌だった?また距離感を間違えた?わり、今のナシ。片手でその辺の空気を振り払う。
やっぱりちゃんと謝ろ。誠意を持って。もう一度彼女の顔を見たら、いつの間にか表情が変わっていた。

先週以来の真っ赤な顔。え、クソ可愛い。

「べつに、……謝らなくていい。したいなら好きにすれば」

好きにしていいの?じゃあ好きにする。
嬉しくなって、とっさに両肩を捕まえてキスをした。……今度のキスは甘かった。

可愛い俺のプリンセス。誰よりも愛してる。俺はあんたの王子になれた?もしそうだったらめでたいね。ほんと、めでたいよ。


fin.



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