THE STONE WORLD


錆びれるはさみ

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「今年のNYコレクションっていつだっけ」
「さあ……?東の方が今どうなってんのか知んねぇが、向こうにも俺らみたく起きた人間いんのかね」
「…………」
「でも同じような状況だったらそんなん今年は無理じゃねえの」
「ジョークのつもりだったんだけど」

冗談をまともに返されたらどんな顔をすればいいのか分からない。

日々の作業の甲斐あって、全員が寝られる大きさの家屋が完成した頃。将来は家畜の飼育場になるらしいこの建物の隣で、私は薪を割る作業をしていた皆に軽食の差し入れをしていた。
一足先にノルマを終わらせて暇をしていたスタンリーの近くで、ひとりごとを呟いたことをさっそく後悔してしまう。他にも何人かいる中、最後に彼の元を訪れたのは間違いだった。

「怒んな、ナマエ。俺の方こそ冗談だ。こういうのマジレスって言うの知らねぇ?」
「とてもつまらないと思う」
「そうそう、それもマジレス」

まだ日が出ているのに、辺りを通り過ぎる風がほんのり冷たく感じる季節になった。さっさと話を終わらせてこの場を立ち去って、建物の中に入りたい。
この世界じゃ季節感なんて自然のものしか感じられなくなってしまった。以前なら毎年のように行われていたイベント事が、全てなくなってしまったから。
今朝、突然過去の平穏な生活を送っていた時の記憶が蘇ってしまい、そんな普通を取り戻せやしないかと的はずれなことを言ったら、かえってスタンに現実を見させられた。ああ世界は変わってしまった……。

「ヤバいねこの世界。俺、つまんねぇことしか言えなくなっちまったよ」
「じゃあもう一回やってみる?」
「なに?」
「今年のコレクションいつだっけ」
「あー、じゃあま、来月とか?」
「何言ってるの?そんなの有り得るわけないじゃん、現実見たら?」
「あんたの棘ってマジで鋭いんだよなー」

だって棘を隠せるような服がないんだもの。

今、私たちが服として身にまとっているのは主に動物の皮や毛。工場で加工されたものではなく、人間の唾液と歯でなめしをされただけの、言っては悪いけど不格好なもの。
もちろん!私たちは彼らの命を奪っているのだから、全身使えるものは使えるだけ利用させてもらったうえで、感謝の気持ちも忘れてはいないが……職業柄どうしても不満はつきない。
だって、体に巻くだけなんて、これじゃあ素材の良さがまったく生かしきれていない。皮はもっと加工のしがいがある素敵な素材なのに。まあでも、確かに今の私たちはそんな贅沢をしている暇なんてないから、もう少し余裕が出てからゼノに相談してみよう。

「あぁ、ニコチン…………」

ふいにスタンが呟いた。まるで永遠に会えない恋人の名前を呼ぶように、悲壮感を漂わせながら。最初は可哀想だとか思っていたが、こう毎日毎日聞かされるとさすがに飽きてしまうというか。

「まだ言ってるの?それ」
「だって恋しいんだよニコチン」
「そのまま禁煙したら?」
「なんでよ」
「体に悪いから」
「俺の心配?嬉しいね」
「私の体の心配に決まってるでしょ」
「自分の心配できるっていいことじゃん」

煙草がない分口数が多い気がする。
何千年も吸わずに過ごせてたのに、どうしてわざわざ不健康になりにいくんだろう。色々と理解できなくて思わず顔をしかめた私とは正反対に、スタンはもともと笑っていた顔で頬杖をついた。

「てか、たばこ嫌なんだったら近づかなきゃよくね?嫌がってまで俺の近くにいてくれんの?可愛いじゃん、なにそれ」

何も言わずに踵を返した。特に意識はしていないが、私の目は軽蔑の色を浮かべていたことだろう。そのまま立ち去ろうとすると後ろから「待ちな待ちな!」という声が聞こえてくるが、耳を傾けずに建物の中に入ったら彼は当たり前のように着いてきた。そして横に並んだ。

「ナマエ、いつも思ってんだけどさ。もっと気楽に話そうぜ?せっかく毎日同じ飯食って同じ寝床で寝てんのに……なんで昔より仲悪くなってんよ、俺ら」
「元からこんな感じだったでしょ」
「どこが?前はもっと距離近かったし」

近かったっけ?スタンは言うまでもなく、私も仕事で国を出ることがあったからとても近いところにいたとは思えないけど。彼が遠慮なく距離を詰めてくるので、とりあえず人ひとり分距離を取った。あなたの近くにいると正常に息ができない。

「あーね?物理的にも離してくスタイル?やめろ、そういうの傷つくかんな」
「近くにいたら棘が刺さるよ。私の棘は鋭いんでしょ?」
「そんなんいい、別に刺さっても問題ねぇ。あんたの棘は痛くない」
「じゃあこっちも物理的に刺すのはどう?」

腰に身につけていたハサミを逆手に持った。斧のついでにゼノが作ってくれた、布を切るための裁断バサミ。まあこの世界に布はまだ無いのだけれど……早く準備が整うのを願って、毎日思いを込めて研いだから切れ味がいい。言うなれば新品だ。
スタンは笑った。

「いいよ。怪我さした責任取ってくれる?」

切れ長の目の下に刻みつけられた、少し前まではなかったはずの不思議な線。それを目でなぞりながら、一秒も考えずに大人しくハサミをしまった。

「やるわけない。切れ味が悪くなる」

彼の責任を取るなんて色々と面倒なことになりそう。まずこの世界にこの男の機動力は必要不可欠だし。……ていうか済ました顔で何言ってるの?ここは何馬鹿やってんだって叱るところでしょう。
また冗談をまともに返された。いや、今のは人間としてとてもまともとは言えないけど。

「いいの?俺を殺れんのってたぶんあんただけだぜ。まあ、あとゼノくらい」
「…………」なにそれ。
「ナマエ、変な顔」
「……変な顔はそっちだから」
「ホント、早く鏡見てぇんだけど。てか早くゼノにも自分の顔見せてやりてぇ、アレはさすがに派手だよな」
「…………」

この人にいじられるような場所に跡が残らなくてよかった。



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