THE STONE WORLD


ももいろミシン

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「おはよ眠り姫、全然起きてこねぇからまた100年くらい寝るつもりなのかと思った」
「……」

少し避けて彼の横を素通りしようとしたら、まあ肩を掴まれた。

「ナマエ、おはよ。聞こえなかった?」

ゆっくりと振り返ると、朝っぱらから輝かしい笑顔で微笑むスタンと目が合った。眩しくて思わず目をつぶってしまった。彼の後ろに太陽があれば逆光で見えなかったのに。
なんでこの人と朝一番にすれ違わなければならないのだろう。スタンの目が見れない。分かりやすく動揺してしまう私が憎たらしい。理由は明白、昨日あんな話をしたからだ。
な、なにより!スタンの後ろの方にニヤニヤしてる人がいるから……!

「隊長、こいつ昨日夜更かししてたからまだ頭がボケてんだよ。ほらナマエ、寝起きなんだろ。顔洗ってきな」
「う、うん」

かばってくれるとは思わなかった。昨日はあなに楽しそうに話に加わっていたのに、素知らぬ顔をして私の頬を両手で挟んでくる。手を洗ったばかりなのだろうか、若干熱くなりかけた顔が冷やされて気持ちよかった。

「ああそう、ならいいけど。夜更かししてまで何してた?」
「なにってそりゃ、女が夜集まってやることといや決まってんだろ。隊長に言えないような込み合った話してたんだよ」
「ふぅん?だったら問い詰めるのは野暮ってもんか」

割と包み隠さず言うじゃない。けれどスタンは彼女のその説明だけで納得して、思い出したように別に話題を始める。この人、こういうデリケートな話には結構あっさりスルーしてくれるところあるよね。そこは感心する。

「ゼノが探してた」
「……ゼノ?」
「顔見せたら俺んとこ戻って来な。あんたの分の飯用意して待ってっから」

ど、どうしてあなたのところに戻らなければいけないの。そう尋ねる前にどこかからスタンの名前を呼ぶ声が聞こえてきて、彼の顔の向きが変わった。部下から慕われている彼だから、司令官としても体力の面でも頼られているのだ。
しっかり私の頭に手を置くのを忘れずに、彼は部下の元へと向かった。その一部始終を間近から見ていた彼女は、再度ニヤニヤしながら親指を立てた。まったくもう。



「なぜ目を瞑っているんだい?」
「……世界が眩しくて」
「今日は快晴だからね。しかしそういう意味ではなさそうだな。具体的には?」
「……スタンが眩しかった」
「なるほど。では本題に入ろう、君がずっと前から欲しがっていたものがようやく完成したのでお披露目をするよ」

私の呟きをあっさりと聞き流し、目的の場所に移動を始めるゼノ。彼は彼であっさり過ぎる。科学の話になると止まらなくなるくせにね、まあそこが彼のいいところ。
彼に連れられてラボに入ると、それはすぐに視界に飛び込んできた。私がずっとずっと欲しかったもの。まだほんの少し残っていた眠気が完全に吹き飛んで、即座にテーブルまで駆け寄った。

「えっ、かっかわいい!」

そこで私を待っていたのは、パステルカラーで彩られた可愛いミシン。デザインは以前ゼノに見せてもらった形そのままだけれど、まさか色がこうなるとは思わなかった。

「せっかくだから、君の士気が上がるような見た目にしたくてね。まあ表面の色を変えただけだが……気に入ってくれたかい?」
「ゼノ素敵!惚れちゃう!」
「おおナマエ!大変嬉しいがその言葉は向ける相手が違うよ」
「それはそれ!これはこれ!」

さっそく二台のミシンに手を触れてあちこちから覗き込んでみる。
ゼノに作ってもらったのは、とりあえず直線縫いのものとロックミシンの二つ。直線は基本的な縫い合わせをするのに必要不可欠として、ロックミシンは布端のほつれを防ぐためにまあ必要だ。あった方が圧倒的に便利。

「さっそく君には動作確認をしてもらいたいところだが、朝食がまだだろう?時間が空いたらまたここに来てくれ」
「分かった、そうする。すぐ来るね!」

本当は今すぐにでも触りたいけれど。ただでさえ寝坊したのに、これ以上朝食の時間が遅れたら今日の食事担当に迷惑をかけてしまう。前日に言ってくれたら間違いなく早起きしたのに……彼なりのサプライズだろうか。
使い方や機能などの解説をしながら、そっちはそっちでなにやら作業を始めるゼノ。そういえば折り入って相談したいことがあったのを思い出し、おそるおそる声をかけた。

「ゼノ、こんなに可愛いミシンを作って貰ってなんだけど……もう一つだけお願いしたいものがあって。手が空いたらでいいの」
「物によっては後回しにさせてもらうかもしれないが、話なら聞こう」
「ボディがほしい。一体だけでいいから」

マネキンがイメージに近いけど、私が欲しいものはたとえば服屋の店頭に置いてあったような全身のものではなく、胴体部分しかないもの。
服作りに関わったことのある人間ならば、ほとんどが知っているはず。主にとある作業をするために使うものだ。

「ドレーピングをするのかい?懐かしいな、そういえば昔君に手伝わされてそんなことをした覚えがある」

彼ならすぐに察してくれると思った。ゼノは古くからの友人なので、彼が比較的暇だった学生時代はよく服作りに協力してもらっていたのだ。実はスタンにも……まあ、今となっては昔の話だ。

ドレーピングというのはパターンメーキングの方法の一つで、ボディに布を当てながら立体的に型紙をとる方法。平面製図よりも人間の体に沿った服を作ることができるから、量産服以外はたいていこの手法が用いられていた。言わずもがな過去形。

「そう、ドレーピングはやりたいけど、今の段階ではその為だけに布を用意するのは厳しいでしょ?」
「まあそうだね。試作のために布を使うよりは、まずは身につけられる服を作ってほしいというのはある」
「物だけあればいいの。トルソーだけあればパターンのイメージがなんとなく想像出来ると思うから」

針やハサミなど重要度の高い小道具は揃っていたが、以前よく使っていたものは優先順位が低くても欲しくなってしまう。
それに、初日から待ちに待ったミシンがようやく完成したのだ。こうなったら欲しいものはどんどん申告しておいたほうが、今は無理でも損はない。

「ところで」

ここで顔を上げるゼノ。その表情がいつもより誇らしげで、首を傾げた。

「美しいボディならもう君の近くにいるじゃあないか。美しいだけでなく動いて喋ることができる」

何かと思えば。パッと思いついた人物の名を挙げると、ゼノは真っ直ぐに頷いた。

「……スタンのこと?」
「それ以外に誰がいる?」
「スタンにぶすぶす針を刺せっていうの?」

ドレーピングは何個も何個もしつこいくらい長いピンを刺して布を固定する。生身の人間でそれをやるのは正気の沙汰ではない。普通にサイコパスだ。

「ハハ、真に受けないでくれ。それに今は眺める分だけで構わないのだろう?」
「ゼノが言うとジョークに聞こえないの」

もう、さっきは私の呟きを軽〜く流したくせに。彼もまた人の恋愛事情にちょっかいを入れる人種だった。

「質感や重量を気にせず、人間の胴体を形作るだけなら簡単だ。外観だけでいいのならすぐに用意できるよ」
「本当?忙しいのにありがとう。私に手伝えることない?」
「君は紡績や機織りなどがあるだろう。機械や道具については僕らにまかせて、思う存分糸と布をこしらえてくれ」

やっぱりこの世界ってゼノやブロディがいないと終わってたよね……。毎日のように思うことだ。自分で言うのはあれだけど、服なんて実際無くても生きていけるから。
しかし私という人間が目覚めたのだから、皆に粗末な服を着せるわけにはいかない。さっそく仕事にとりかかろう。



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