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「よ、ナマエ。おまたせ」
彼が『お互い手が空いたら』と言ったのを私はしっかりと覚えている。こちらはまだ忙しなく作業をしているところだというのに、スタンは私の後ろに立って話を始める気満々である。
しかし今回に限っては誰のせいでもない。今朝はあんなに晴れていたのに、突然大雨が降り出してしまったのだ。これでは外の作業は中断せざるを得ない。
「……じゃあ、とりあえずどんなものにしたいか言ってみて」
工場の端に据え置かれた機織り機の音と、雨の音と風の音。音が混ざって話し辛いから、私まで仕方なく作業を中断する始末。なんだか彼の良いように進んでいる気がする。
「俺と部下はなにより動きやすいの最優先。あと滅多なことじゃ破れねぇような丈夫なやつがいい。まあ、できる範囲で」
「素材はゼノと相談しながら決めるとして、動きやすいやつね。……他には?」
「他に?たとえば?」
私の問いかけにキョトンとするスタン。
まさかそれで全て説明したつもり?
「なんかもっとあるでしょ?なんとなくでいいからもっと詳しく教えて」
「なんとなくっつってもさ。俺はゼノやあんたみてぇに作る側じゃなくて使う側の人間だから、あんま想像できねぇっつーか」
気持ちは分かるけど、着る本人が欲しいものを詳しく説明してくれないと、私はその需要に沿って服を作ることが出来ない。
コンセプトを立てるのは重要なことだ。デザインはデザイナー自身の個性だけでなく、トレンドにも左右されるものだから。……この世界のトレンドといえば動物の皮だろうか。
「分かった、こっちこそ説明が足りなかったみたい。まず、スタンは動きやすいことに重点を置きたいんでしょう?」
「ああ」
「例えばスポーツ選手が着るユニフォームはどれも動きやすいけど、考えてみて。ものによって全然フォルムが違うでしょう」
「ああうん」
「『動きやすい』がコンセプトでも、あなたがベースボールを想定して、私がサッカーを想定していたら、出来るものがぜんぜん違うの。そういう齟齬がないようにしたいわけ」
極端な例だけど、野球着のように体にフィットしたものがいいのか、サッカーやバスケットのようにゆとりのあるものがいいのか。
これだけでもデザインの面でかなり違う。私はその辺の細かい説明まで欲しかった。
「分っかりやす。なるほどね、超納得した」
「分かってくれた?それなら補足お願い」
「とりま肌は隠れた方がいいな。どんな動きするかっつったら、まあ全般?走る、蹴る、投げる、エトセトラ」
「ていうか、普通に考えたら軍で使われていたものを再現すればいいだけじゃない?」
「そりゃ気が乗らねぇな。気にしねぇやつは気にしねぇだろうけど。窮屈だ。こんな世界になってまで制服に縛られたくはねぇ」
「じゃあ考えて。考えてくれるまで、ずっとその格好のままだからね」
あごに手を当てて、あさっての方向を見るスタン。こういう時、タバコがあれば思う存分時間稼ぎをするのだろうけど。今の彼は口がフリーなので、すぐに質問を返してきた。
「逆に聞いてもいい?俺はどんなのが似合うと思う?ナマエ、昔からこういうこと考えんの好きじゃん?」
やっぱりそうやって人任せにする。考えがないわけじゃないから、しぶしぶ喋り出す私。
「個人的には……そのスタイルを活かして欲しいと思うかな。たとえばラバースーツみたいな極端に体のラインが出るやつとか」
「ラバースーツ?」
「イメージ湧かない?」
「バイクのだろ?」
「私が思ってるのは、それよりかはスカイダイビングとかサーフィンする人とかが着てそうな感じだけど。身軽でしょ?」
「へぇ、……」
急に黙り込むスタン。
「なにその顔」
「あんた、俺にぴちぴちのやつ着せたいの?やば、えっちじゃん」
「黙って」
思わず彼の脇腹を小突く。ついでに睨みを効かせて彼の顔を見上げるが、それでもまだ彼は余裕そうに口角をあげる。
「んな怒んなよ。ナマエがえろいのがいいんなら別にいいんだが」
「そんなの意識してない!」
「してんじゃん。分かる、俺もナマエにそういうカッコして欲しい。でも他のやつに見られんのヤダから二人の時だけ着て見せてくんない?」
「もう知らない。勝手にして」
「OK,princess!! ジョークだよジョーク!戻ってきな、仕切り直しだ」
やっぱり口数が多い。こんなんじゃタバコがある方がよっぽどマシかも。それにプリンセスって一体誰のこと?
話を終わらせるべくその場を立ち去ろうとしたら、さすがに慌てたような声が聞こえてきた。腕をぴんと伸ばしただけで捕まってしまう彼のリーチの長さ。問答無用で連れ戻される私。
「てかまず気になんのが、ラバーって今手に入れられんの?」
「……もちろん代用はする。その辺はゼノの協力が必要だけど、とりあえずいい?まずはデザインの話をしたいの私は」
「デザイン?見た目の話か?人間、見た目がそんなに大事かね」
「あなたが言うと色々炎上しそうだけど、スタンはダサい服が着たいの?」
「ナマエは人にダセェ服着させんのが仕事じゃねぇだろ?」
あーーーー。
地味に口が達者なのが腹立たしい。
「そうだよ!お似合いだから提案してるの!動きやすいっていうのも十分クリアしてるでしょ?これ以上の理由付けが必要なの?」
「俺に似合う?」
「お似合い!もう何度も言わせないで」
「オーケー、それ採用」
自信満々にパチンと指を鳴らされた。結局最後まで私が考えてるじゃん。
「あ、あと一個。つなぎにするなら脱ぎ着しやすいやつにしてくれ」
「分かった。考えてみる。日常的に着るんだし機能性は大事だからね」
「それもある。あと、しやすいじゃん?何がとは言わねぇけど」
「…………」
いつかその口を縫い付けてやる。