05
自分がこんなにすらすら嘘がつける人間だとは思っていなかった。
『え、なにこれ、すげー!』
『だろ?休みの間一緒に解読しようぜ!』
そんな他愛のない会話をしたのが1週間前で、解読以前に疲れていたらしいななせがどっぷりと寝て起きたのが5日前、ななせのロトムが"長期休養"なる完全オフモードに入ったのが4日前、兄から『ななせを知らないか』と電話が来て惚けたのが3日前、この家からほとんど全ての電子機器を葬ったのが昨日の話だ。
最初はここまでする気はなかったはずだが、初日に嘘をついた時点でこうなるのは決まっているようなものだったのだろう。
今日もターゲットは自分の状態を何もわかっていない顔で、のほほんと与えられた怠惰を貪りながらぼんやりホップに尋ねる。
「テレビどうしたの?」
「回線が壊れちゃったんだ、これじゃニュースも見れないな」
また1つ嘘を重ねる自分はどうしようもなく欲望に忠実だった──ああ、危ないところだった。【チャンピオン行方不明、家出か】なんてニュース見なくていいんだから。
ふかふかのベッドに寝転がってゲームを楽しむ彼はふと思いついたように口を開いた。
「ホップって本当に優しいよなあ」
「そうか?」
早く溺れてしまえばいいと呪いのように脳みそが吐く、のを相手の好きな笑みで隠す。ホップは優しい、──ああそうだ、優しいだけの男だった。お前が都合良く忘れられるくらいの。
とぼけるホップに何を自覚させようと言うのか、ななせは勢いよく起き上がった。
「そうだよ!好きなものばっかだしてくれるし、こんなゆっくりしたの久しぶりだ」
じゃあ、ずっとここにいればいい。そう言われるたび毎回いつかは仕事に戻らなきゃと返す彼の苦笑いは、ホップの『躾』がまだまだ足りないということを示していた。まだ足りない。
まだ、ホップは幸せではない。
「あ、そうだ。キバナが一緒に来てたんだけど連絡来てる?ロトムがいないとほんと不便だよな」
「……いや、こっちには来てないぞ。ほら、朝飯」
「おー!サンドイッチ!」
他の男の名前を聞くたびに薄暗いドロドロした怒りが心の底にうごめいた。
ななせが幸せであれば良いなんて段階はとうに過ぎていて、あの夜確実に何かが外れた彼の思考回路は如何にななせの脳内を支配するかだけに念頭が置かれている。
ホップのことしか考えないななせが作れればどんなに素晴らしいことだろうか。絶対にホップを忘れない、ホップがいなければ何も出来ないモノはきっとこの胸の穴を埋めてくれるに違いなくて。
「ふぁーあ、いっつも食べると眠くなる……」
思考能力を落とす薬を毎日懇切丁寧に、少しずつ含ませている食事を終えたななせはトロンとした目で宙を見つめていた。
最後の仕上げをしなくては。甘い痺れ毒のように耳元で囁く。
「デザートもあるんだ。オレが食べさせてあげるから」
「……うん……」
監禁犯は愉快そうに嗤った。
「好きだ。……愛してるんだ」
酩酊状態の相手にしか言えない愚かな小心者のこの瞬間、その気持ちだけは、本物だったはずなのだ。
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