「ご馳走さまでした。では改めまして。私は天田礼央。妖怪絡みの探偵…みたいなことをしてるけど、説明が難しいのでオカルトや怪談好きのお姉さんぐらいに思ってほしいな」
あの後、状況を飲み込めず困惑するコナン達を尻目に爽やかな笑顔でハムサンドとホットコーヒーを頼んだ礼央に、安室は戸惑いながらも注文の品を提供した。ソファに座る探偵団の3人と隣に座るコナン、更にその奥に立っている安室、計5人分の視線を特に気にした様子もなく一人前をぺろりと平らげ、礼央は漸く話す態勢となった。
「そしてもう気づいていると思うけど、彼女はメリーさん。都市伝説『メリーさんの電話』のヒロインである彼女だよ。今回は都市伝説と似たような状況を作り出し、彼女の"自分の持ち主の元に戻ってこようとする"性質を利用した。まあ持ち主役の元太君が通話機器を持っていなかったからコナン君に代役を頼んだんだけどね。コナン君のスマートフォンを貸してもよかったんだけど、下手に他人のものを経由させるといざって時に私が混乱するから。ああ、紙人形が真っ黒になった原因は"持ち主に捨てられた恨み"。元の話をなぞっているわけだからそういうものが生まれるのはわかっていたけど、実際捨てたわけではないからね。そこは人形に肩代わりしてもらったよ」
事も無げに説明される。まるでそれが全てであるかのように。いや、きっとそれが彼女にとって全てであるのだろうけれど、コナン達にはさっぱり理解できない。因みにいつのまにか包丁から自身のスマートフォンに持ち替えていたメリーさんは、今はボストンバッグを下敷きにして、礼央側のお誕生日席(卓上)に鎮座している。ボールをぶつけられ、キッチンで散々暴れたはずなのに、その容姿は初めて見た時と同様傷一つない。
「しかしオレンジジュースを溢された恨みがあそこまで強かったなんて…彼女の暴走は完全に想定外だった。危険な目に遭わせてしまい、本当にごめんなさい」
テーブルとぶつかるのではと思うくらい深く頭を下げた彼女の横で、メリーさんのスマートフォンが突如起動した。白い画面に次々と現れる黒い文字に怯むも、先程のような鮮烈さはなく、至って普通の内容だった。
『貴女が謝ることはないわ。久し振りのお外で少しはしゃいでしまった私にも非はあるもの。ごめんなさいね。あなたたちを怖がらせたかったわけじゃないの』
人形自身が語っていると錯覚するほど、絶妙なタイミング。そのまま平然と会話を続ける礼央と人形を訝しがる男性陣をよそに、ひとり反応したのは歩美だった。
「そのお人形さん、お話しできるの?!」
「…ああ、都市伝説の中じゃ似たようなことしか言わないからね。もちろん意志はあるし、会話は成立するよ」
人形とお喋りできるなんて、年頃の女の子からすればきっと素敵なことなのだろう。しかし目を輝かせる彼女とは対照的に渋い顔をしていた光彦は、すぐさま反論する。
「そんなのあり得ませんよ!きっと盗聴器とかが仕込まれていて、会話しているように見せかけているんです!スマートフォンの文字も遠隔操作です!人形に意志があるなんて…!」
しかし最後まで言い切れなかったのは、彼の知識では説明できない事象を実際経験してしまったからだろう。安室やコナンとしても光彦に賛成したいところだが、そうすると自分の推理にどうしても穴ができる。全てが彼女の自作自演という可能性も考えた、が。
では、消えた人形は?
揺らされてもいないのに、鳴り続けたドアベルは?
勝手に開いた扉は?
今まで怪談やら伝承やらを模した事件は経験しているが、今回ばかりはトリックがわからない。あの事象を説明するには、彼女の意見が一番適しているような気すらしてくる。だからと言って人形が意志を持ち、自力であの不可思議な状況を作り上げたなんて、認められない。あまりにも非科学的だ。必死に、彼女の言い分を否定しようとした。
「人の数だけ解釈はある。事実は一つだけだが、君たちの信じるものが真実さ。君たちの信じたいようにすればいいよ。…まあ事実を伝えるのなら、メリーさんは意志を持ち、喋る人形なのだけど」
思いもよらなかった言葉に、思わず礼央を見やった。人形に意志があると言いながら、決して光彦を否定したわけでもない。両者は共存可能、と暗に言っているようだった。真実はいつも一つ。それが信条であるコナンにとって、彼女の言い分は理解しがたい。
−真実はひとつではない、けれど事実はひとつだけである
「ああ、難しいよね?なら簡単な例え話にしようか」
首を捻る子供たちの気配を察し、礼央はグイッとコーヒーを飲み干すと、カップをソーサーの上に戻し少しだけコナンの方に寄せた。
「さて、ソーサーには何が乗っているでしょう?」
突然の質問に、探偵団の3人は揃って不思議そうな顔をした。礼央とコナンの間くらいまで移動したコーヒーカップとソーサー。ソーサーの上にあるものと言えば、
「何って…」
「コーヒーカップですよね?」
「あ、もしかして中に少し残ってるコーヒーのことか?!」
予想通りの反応をした子供たちに礼央はニコニコと楽しそうだが、"事実"を知っているコナンと安室は苦笑いを浮かべた。そう、3人からは死角の位置に、実はもう一つ、乗っているものがあるのだ。
「では私の隣に座っているコナン君。ソーサーの上には何が乗っているでしょう?」
「…コーヒーカップとビー玉」
そっとコーヒーカップを持ち上げれば、ソーサーの中央に向かって青いビー玉が転がる。ソファに座る3人からは見えない位置にバレることなくビー玉を置く手際は不自然さを感じさせることなく、まったくもって美しかった。
「ひとつの事実と向き合うとしても、どんな視点を持つかでその人の真実は変わる。観測者によって、世界の捉え方は違うんだ。だからメリーさんを君たちがどんな風に受け取ろうと、それは君たちの自由。どちらが真実か、なんて口論するのは野暮ってやつさ。…わかったかな?」
へぇー、とわかっているんだかいないんだか微妙なラインの声を上げる子供たちに、今度は礼央が苦笑する番だった。だが伝わらないことは想定済みだったのか、不完全燃焼な約2名を残したまま雑に話を切り上げる。
「まあ世界には色んな考えの人間がいる、ってこと。そう深く考えないで。ところで君たちここら辺に住んでる子?私この間引っ越してきたばかりでね、ちょっと地理に疎いんだ。この家を探してるんだけど、知ってる?」
急に話題を変えた彼女のスマートフォンに写し出された、立派な洋館。それにいち早く反応したのは、もちろんコナンだった。なぜなら、
「新一兄ちゃんの家だけど…どうかしたの?」
そこに写っていたのは、十数年見続けた自宅。なぜ引っ越してきたばかりの彼女が場所も知らないのにこんな写真を持っているのかも勿論気になったが、それ以上に、気になる反応があった。
「しんいちにーちゃん?」
「あ、こ、高校生探偵の"工藤新一"のこと!僕、よくお世話になってるんだ」
「…へえ、そう」
何に反応したのかもわからない。ほんの僅かな、違和感だった。直ぐに取繕われてしまったが。
「いや、こっちに住んでる知り合いから『どう見ても幽霊屋敷』って言われてね。亡霊一匹くらいいる気がして、ちょっと探って見たいなーって」
「…たまに有希子おばさんが帰ってきたりしてるから、それは無理だと思うなー」
そう返せば、礼央はあっさり引き下がった。…実はあまり興味がなかったのかもしれない。
「じゃあ、これからちょっと用事があるから。今日は本当にごめんね。そしてありがとう。店員さんも、営業妨害してしまい本当にすみませんでした」
人形をボストンバッグにしまうと五千円札を一枚テーブルに置き、お釣りは要りませんからと言って礼央は颯爽と退店した。窓の外では、人や車が忙しなく行き来している。カランカランと今日1日で気が滅入るほど聞いたドアベルの音と、ありがとうございましたという安室の声が、日常に戻ったポアロの店内に響き渡った。
街灯が照らす夜道を、女は足音も立てずに歩いていた。その両耳にはイヤホンが差し込まれ、時折誰かと会話するように放たれた言の葉は受け取り手もなく宵闇に消えていく。
「本当に、外遊びは控えてほしいな。あそこまで巻き込むのは想定外だ」
『それはごめんなさいと言ったでしょう。けれど新しい外の世界よ、遊ばないなんてありえないわ!それに、私があの公園に遊びに行ったから"彼"に遭えたのよ?怪我の功名、というのではなくて?』
暗がりで分かりにくいが、イヤホンの先はメリーさんのスマートフォンに繋がっていた。彼女が普段スマートフォンを動かしている力−妖力はいま音響信号に変換され、可愛らしい"声"として認識されている。
「まあねぇ。『名前と魂が釣り合わない子供がいる』っていうから君だけを空間転移で遠くに飛ばして"メリーさんの電話"を発動できるようにしたんだし。あ、よく考えれば私も悪いや。…しかしそうか。あの子供は高校生探偵の工藤新一で、彼は何らかの理由で見た目だけが幼くなり江戸川コナンになった、と。いやあ、不思議だねえ」
名前というのは"本人"を示す最も簡単で最も重要なモノだ。相手の本名を知っているということは即ち相手の魂を握っていることであり、ゆえに昔の中国には名乗った相手に魂を抜き取られないよう"字"というシステムがあった。同じ理屈で、妖力や霊力を持つものは、程度に差はあれど本名と魂の繋がりを感じ取れる。力を行使するには、魂同士の"縁"を結ぶ必要があるからだ。
今回の発端は、メリーさんが江戸川コナンとその魂の繋がりに違和感を覚えたことだ。その報告を受けた礼央が速攻でシナリオを作り、途中大幅な脱線もあったが、落ち着くところに落ち着いたのが8時間ほど前である。…彼女の一人芝居というのも、半分は正解だったのだ。
前世で培った膨大な知識から、彼の症状に該当するものを探し出す。幼児化に関する妖怪が、いないわけではない。しかし工藤新一からは妖怪に接触した、或いは妖怪の術にかかった痕跡はまるでなかった。
(現在の科学で、見た目だけ幼児化させることは可能か?…まあ、裏を探れば幾らか可能性はあるか)
だが裏社会の事情を探るには、如何に彼女の部下が優秀と言えど時間がかかる。暫くは様子見となるだろう。
そして不意に思い出したのは、彼女の中に強烈な印象を残すもう一人の人間。
「あむろ、とおる」
完全に偽名。江戸川コナンと違い幼児化の要素もなく、ただ名前と魂が違うだけの誰か。偽名を使っているということは、隠したい本来の彼がいるということ。しかし、あれほど平和そうな青年に、「大きな秘密がある」というのか?
「でも偽名使ってるってことは何かあるんだろうね。…彼も一応調べてもらうか。面倒なことになったら困るし」
疑いすぎかもしれない。気にしすぎかもしれない。けれど何かが、引っかかるのだ。
ふわり、一陣の風が吹く。歩き、話していた筈の人影はもう何処にもなく、たったっと犬が駆ける足音も、そのうち消えてしまった。