『うそでしょ、あの子もうポアロまで来てるの?!』
「そうみたいなんだ。安室さんに手伝ってもらってもドアが開かなくて……それにさっきからドアベルも鳴り止まないんだ…!」
片耳を塞ぎながら、スピーカーに向かって必死に現状を伝える。カランカランという音が絶えず脳内を犯し、焦りとも怒りとも感じられる何かが正常な思考を喰い散らかす。ああ、まさか自分が、鳴り響くベルを「ただの営業妨害であれ」と願う日がくるなんて。
『ベルが鳴っているということは、彼女はまだ店内に入れていない。多少の時間稼ぎはできる。少年、紙人形はどうなってる?』
そこで初めて、コナンは自分が何かを握りしめていることを思い出した。墨汁に浸したかのように変色している、ひと形の紙。彼の動揺を汲み取った礼央が咄嗟に「離すな」と言わなければ、確実に手放していた。
『それは本来こじまげんた君が受けるはずの呪詛を代わりに取り込んでいるの。それがある限り発狂死は免れると思うけど…ねえ、あの店員さんはまだ大丈夫そう?』
言葉の端々に不穏な気配を感じるが、今頼りになるのは彼女だけだ。存外近くにいた安室にコナンが視線を向ければ、珍しく硬い表情の彼がこくりと一つ頷いた。
「僕に、なにか?」
『子供たちをドアから一番遠い席に座らせてください。テーブルなどを動かす必要はありません。そして』
『お客様として、彼女を招き入れてください』
安室もコナンも、一瞬彼女の言葉を理解できなかった。だが反論する余地もなく礼央が畳み掛けるように続ける。
『我々は原則、許可がない限り中には入れない。そして現状、ポアロに入る許可が出せるのは貴方しかいません。だから、どうかお願いします』
切羽詰まっているようでその実驚くほど冷静な声が、決して妄言ではないと伝えてくる。ならば彼女は本気で、あのバケモノをこの店に入れろと言っているのか?
「許可がなければ入れないのであれば、このまま貴女の到着を待った方が安全だと思います。態々リスクを高める必要性は」
『子供たちの影響で彼女の妖力が強くなっています。強行突破しようとする力の余波で空間が歪みポアロまでの道のりがめちゃくちゃになっていて、そちらにたどり着けるかも怪しい状態です。そして私が到着できないまま籠城を続ければポアロだけでなくそのビル丸ごと、或いはその近辺にまで被害が及ぶ恐れがあります。現状を打破するには彼女の目的を"ポアロへの進入"から"対象の殺害"に戻す以外方法はありません。…大事にしたくないんです。お願いします』
彼女を拒み続けた場合、どれだけ被害が拡大するかはわからないし下手すれば終わりも見えない。しかし許せば、最悪一人の少年の命と引き換えに事態は確実に終息する。天秤にかける命の数には、歴然の差があった。"大事"とは、つまりそういうことなのだろう。その一言に動かされたのか、安室も意を決したようだった。
「わかりました。やってみます」
『ありがとうございます』
ぶつりと通信が切れる。彼女を信じよう、と呟いた安室の声は止まないベルの中でもよく聞こえた。怖がる子供たちを説得し一番奥の席に座らせ、背後に隠すように立つ。見上げた先に見えた安室の顔は、お世辞にも愛想がいいとは言えなかった。
「いらっしゃいませ」
未だかつて、自らバケモノを招き入れる喫茶店なんてあっただろうか。
カランカランと鳴り響いていたベルの音が突如止み、望んでいたはずの沈黙が訪れた。
扉がひとりでに開くが、ベルは鳴らない。
入り口を睨みつけていても、誰もみえない。
人間でいう殺気のようなものも、感じない。
静かだった。
本当に、あの人形はいるのか。あの女性に、遊ばれているだけではないのか。静寂が緊張を呼び、皆が疑心暗鬼になりかけていた、その時。
ガランガラン
荒々しい音と共に何かが店内に進入した。姿をみとめる間も無く、何かはキッチンの中に駆け入りドタバタと暴れまわる。
「そぉら!」
進入者ー天田礼央が、青いドレスの人形を小脇に抱えて安室達のもとにやってくる。ぷらんと揺れる陶器の手がしっかりと包丁を握りしめているのを見て、コナンは目を丸くした。なぜ。しかしその疑問が投げかけられることはなく、礼央は人形をテーブルの上に座らせると鬼気迫る表情で元太たちに向き直った。
「彼女に謝って!さあはやく!」
ごめんなさい!と叫ぶ子供たちの声が、晴れ渡る米花町の青空に響いた。