「そういった類は存在しないというのが僕の考えです。人が呪いだ神秘だと騒ぐものには大抵説明がつくし、たとえ現在の科学では証明できなくともいずれメカニズムが解明されると思ってます。現に、今までいくつもの怪奇現象が科学的に証明されてますから。知識として知っているものはありますが、その存在を認めようと思ったことは一度もないです」
カウンターを挟み向かい合う客と店員は、色味の異なる蒼眼でしっかりと互いの顔を見据える。男のそれは、自分の発言に対する絶対的自信。しかしもう一人のそれからは、感情らしい感情は読み取れない。
徐にオレンジジュースを啜った女は、男の持論に平坦な声で答えた。
「まあそういう人もいますよね」
未だ謎の残る先日の事件以来、自称「妖怪探偵」とやらの女は毎日のようにポアロを訪れた。人のいない時間を狙ったかのように来店してはテーブルを埋め尽くすほどの料理を頼み、美味い美味いと言いながら数十分で完食する。そして特に長居することもなく帰っていく奇妙な客を、女店員も二日目あたりから意識し始めたらしい。男は五日目にしてようやく足止めに成功し、カウンター席で破顔しながらケーキを頬張る女に問い質した。この間のメリーさんとやらは、一体何だったのかと。
「職業柄、気になってしまいまして」
少し申し訳なさそうに、を意識して男は笑みをつくる。濃紺の瞳で男を見つめながらも、女の手がケーキを切り分けるという作業を止めることはない。カチャン。皿とフォークがぶつかる音がした。
「質問を質問で返してしまうんですが。妖怪とかオカルトとかって、信じますか?」
唐突だった。けれど男の口はまるで答えを用意していたかのように滑らかに動き、否定の言葉を紡いだ。それが冒頭の語りというわけである。
不意に、目線が逸らされた。
「確かに貴方の職業を考えると、霊だの妖怪だのを信じるわけにはいかないでしょうね。殺人事件は本人に聞けば一発でわかるし、浮気疑惑だってめんどくさい調査をする必要はなくなる。警察や政府は秩序を維持できず、科学という絶対の定義も崩壊してしまう」
最悪の未来図を、女は既知のものであるかのように語る。斜め下を向いた瞳は、探り屋として確かな腕を持つ男にすら暴けない程遠い何処かを見ていた。
「それでも断言しよう。事実として、彼らは確かに存在する」
静かで、力強い声だった。女の絶対的自信が言の葉の一つ一つに染み込んで、聞く者の鼓膜を震わせる。
「常世(こちらがわ)への影響力は観測者に依存するから、誰にでも認識できるわけではないだけ。彼らが力を揮うには、さらに限定された観測者に認識されないといけない」
続いた言葉に、男の貼り付けたような笑みが心なしか崩れる。しかしそれも一瞬で、男は改めて笑顔を作り「そうなんですか」と当たり障りの無い返事をした。紅碧(べにみどり)の奥に潜む獣は、険しい表情で女を観察したまま。
ケーキの最後の一口が消える。気づけば再び交わった視線を、今度は男から逸らした。