1話 事故の気配

事件の気配なんてまったく感じない穏やかな休日の、陽の光が優しく降り注ぐ午後。灰原を除く少年探偵団のメンバーは、いつもの公園でサッカーを楽しんでいた。一対三という数字的に見ればあまりにも不利、だが技術面を考えれば妥当とも言えるチーム構成で始まったゲームは、休憩も挟みつつかれこれ30分くらい続いている。

「あーっ!」

ゴール前を守っていた少女の横をすり抜け、サッカーボールがゴールネットを揺らした。コナンチーム、というかコナンにまた得点が入る。

「いつも抜かされてしまいますね」
「コナンのやつ、すばしっこいんだもんよぉ」

上手く止める方法を考えないとですねと何やら考えだした光彦の隣で、元太が座り込んだ。それなりに疲れているのだろう。一旦休憩しよーぜとコナンが声をかければ、跳ねるように立ち上がった元太が一目散にベンチへと駆けて行き、

そして不自然に止まった。


「なあ、こんな人形置いてあったか?」

不思議に思った3人が駆け寄る。みんなで買ったペットボトルが置いてある方とは逆側にある肘置きのすぐ横に、スマートフォンを膝に乗せた青いドレスの西洋人形がちょこんと座っていた。

「へえ、すげえ」
「よくできてますねー」
「かわいいー!」

各々が感嘆の声をあげ、特に歩美のテンションは目に見えて上がった。フリルを贅沢にあしらったドレスとボンネット、金糸でできた滝のような柔らかい髪、汚れひとつない白磁の肌、ドレスと同じマリンブルーの瞳は一瞬生きているのかと思ってしまうほどに煌めいている。幼い頃から良質なものに囲まれ培われてきたコナンの審美眼が告げる、これは間違いなく本物であると。それと同時に疑問が浮かぶ。

「なんでこんなとこに置いてあるんだ?」

大きさからしても、それなりに値の張る物だろう。なのに何故こんな公園の、安全とは言い難いこのベンチに置いてあるのか。おそらく最新機種であろうスマートフォンと共に。15分程前に休憩を取ったときにはいなかったのでその間に置いていかれたのは間違いないが、ゲーム中誰かが入ってきた気配はしなかった。他の3人に聞いても、見ていないという。公園を囲む茂みからはだいぶ距離があるので後ろから回り込むのは無理そうだし、投げて置いたという線もナシだろう。
瞬時に不可能犯罪という言葉が浮かんだ。いやもちろん犯罪ではないのだが、この不可解な事象が、この事象を成立させた誰かがいるという事実が、探偵としての好奇心をくすぐる。いったいどんなトリックが、そう思い改めて人形に向き直った時、

「あれ?このスマートフォン電源つかないよ?」

人形の横に座りあれこれ弄っていた歩美が声をあげる。電源ボタンを長押ししても、起動したような素振りは見られない。画面をタップしても暗いままだ。横にしたスマートフォンを鷲掴みむように添えられた陶器の手は硬く、隠れてしまったホームボタンを押すことはできない。

「西洋人形と電源のつかないスマートフォン…」

何かを示しているのか。それとも、姿の見えなかった誰かさんの忘れ物なのか。少ないピースを脳内で繋ぎ合わせようとし始めるコナンとは裏腹に、探偵団の3人にはあまり興味の湧かない案件だったようだ。各自水分を補給して、ゲームに戻ろうとしている。

「お前らなあ、それでも探偵団か?」
「だってえ」
「そのうち持ち主が現れるかもしれませんし、下手に触るのは…」
「コナンの考えすぎだぜ、きっと!」
「……」

はやく続きをしようと催促してくる彼らに、悩んだ結果渋々とではあるがコナンも引き下がる。ゲームを始める前にもう一度だけと振り返った先、人形が微かに微笑んだ気がした。



4人の関心が再び人形に集まったのは、ほんの数分後だった。

「ったく、マジで何処行ったんだ?」
「もー、元太君があんな方向に蹴るから!」
「だから悪かったよぉ…」
「お人形さーん、どこー?」

4人で公園内をうろうろしながら、あの人形を捜す。茂みの中を捜しながら、しかしコナンには、人形の行方よりも気になることがあった。元太の蹴ったボールがベンチの方に飛んでいき、運悪く人形に当たったところをコナンはその目で見た。嫌な音がして、確かに人形とボールは接触した。だがバランスを崩した人形が肘置きを越え落下しそうになった刹那


消えてしまったのだ。少し罅の入ったスマートフォンを、地面の上に残して。


それからしばらく公園内を探し回っているのだが、空き缶ぐらいしか見つからない。念のためベンチから一番遠い茂みも探してはみたが、見つかるはずもなく。光彦や歩美の顔にも不安と焦りが見え始める。元太に至っては既に泣きそうだ。緩く握った拳を軽く顎にあてて、コナンは思考の海に沈む。

(ベンチの周りには何もない。人形も特に不審な点はなかった。何かしらのトリックがあったとしても、元太のボールが当たったのは明らかに事故だ。それをどうやって利用する?それにもう1つ、地面に落ちたスマートフォン。肘置きを超えるだけの衝撃を受けたこと、ボールを蹴った角度からしても当たったのは頭部。…あれだけしっかり握られていたのに、どうやって陶器の手からすり抜けた?そしてなぜ、スマートフォンは消えずに残っている?)

トリックのタネを見つけようにも、公園にはあまりにものが無さすぎる。人の出入りもなかったし、今いるのは自分を含む探偵団の4人だけだ。難題の予感に思わず口角が上がりそうになった、そのとき。

「ねえ、坊やたち。ここら辺で青いドレスの人形見なかったかな?」

ボストンバッグを肩にかけた女性が、ニコニコと笑いながら問いかけてきた。