第9話
「着いたヨ」
国道沿いの牛丼チェーンの駐車場に自転車を止めると、荒北がようやく沈黙を破る。
「ありがとう」
なんか私の知ってる自転車じゃないのに乗せてもらった気分、と真緒もまたできるだけ平静を装って、自転車から降りた。
暗黙の了解で、お互いさっきまでの無言の時間には、敢えて触れないことにする所存らしい。
「はァ?チャリはチャリだろ」
どれも変わんねぇよ、と荒北が口の端を上げる。
「まァ、伊東チャンのチャリも悪くないんじゃナァイ?」
「荒北くんに褒められて光栄です」
真緒が冗談ぽく答えながら、荒北の後に続いて店の中に入った。
「へー牛丼屋さんて牛丼だけじゃないんだね」
知らなかったぁ、と感心したように、食券販売機の前で真緒が呟く。
「で、どれにすんだヨ?」
「えっと、じゃあ、この野菜たっぷり中華丼のSサイズで」
「はァ?なに牛丼屋で中華丼とか言ってンだ、バァカ」
「ええー」
並でいいな、と荒北が勝手にボタンを押す。
「あ、お金」
「いらねーよ」
オゴるって言ったろ、と出てきた食券を乱暴に掴むと、荒北は座席の方へ歩き出す。お礼を言うタイミングを逃した真緒が慌ててその後を追いかける。
「ネギ抜き汁だくで」
「えっ、今のなに?なんかの呪文?」
小慣れた様子で食券を店員に渡した荒北に、真緒が小声で尋ねる。
「ちげーよ。ただのオーダーだっつの」
つか、マジで来たことねぇのな伊東チャン、と荒北が横目で真緒を見る。なんとなく、ひやかされている気がするのは気のせいではない、と思う。
中途半端な時間帯のせいか、店内は空いており、カウンターには真緒たち以外には、男子学生と思われる客が一人だけだ。
「なんかデートみたいじゃない?」
「……ッ!?」
店の中をキョロキョロもの珍しそうに見ていた真緒が無邪気に放った一言に、隣の荒北が飲んでいた水を思わず吹き出しそうになる。
「なっ……なにいってやがんだ、ボケナス!」
「いたっ!もー冗談なのに」
荒北に頭を軽くチョップされ、真緒が頭をおさえながら荒北を恨めしそうに見た。最近、本当にこういう荒っぽいスキンシップが多い。それだけ、前より仲良くなれたと思うことにしよう。
「つか、牛丼屋でデートとかしねーだろ、フツーは」
「そうなの?」
「オレに聞くんじゃねぇヨ!」
知るか、んなの、となぜか耳まで赤くした荒北が視線を逸らしたまま言う。
「……わたしだって知らないし」
荒北の赤面が伝染したかのように、真緒もまた赤い顔を隠すように俯く。無意識に、さっきの二人乗りのことを思い出してしまい、さらに顔に熱が集まる。
「伊東チャン、さァ……」
「お待たせしましたー!」
真緒の赤く染まった耳に触れようと伸ばした荒北の指は、あっけなく店員の声に遮られる。寸でのところで届かなかった指を、荒北が光の速さで引っ込めたことに真緒は気づかなかった。
「荒北くん……その量、本気?」
いわゆるメガ盛りといわれる、てんこ盛りの牛丼の器を真緒が覗き込む。
「あたりめーだ」
そう言うやいなや、大量の牛丼をかきこむように荒北が食べはじめる。あまりの食べっぷりの良さに、真緒はしばらく荒北の様子をじいっと見ていた。
「食わねーの?」
「えっ?あ、ごめん」
荒北くんがあんまり美味しそうに食べるから、と真緒が苦笑する。ほんと育ち盛りだなぁ。
「ねぇ、私の半分いる?」
「食う。って、マジか!」
伊東チャン少食すぎじゃね、と荒北が少し驚いた顔で真緒を見る。見れば、荒北の丼は半分以上、空になっていた。あの細い身体のいったいどこに消えるのか、と一瞬本気で考えてしまう。
「あー食ったー」
「ごちそうさまでした」
箸を置いた荒北がぐーんっと伸びをする。その横で、真緒がペコリとお辞儀した。ふと顔を上げた先、ある貼り紙に真緒が釘付けになる。
「あ。花火大会」
「あ?」
「ほら、ポスター」
店の壁に貼ってある花火大会のポスターを指差しながら、そっか、もうそんな時期なんだね、と真緒がとても嬉しそうに笑う。
「なに伊東チャン花火好きなのォ?」
「うん。大好き。荒北くんは?」
「はッ!オレは人混みが嫌いなんだヨ」
「あはは、そんな感じするね。でも、私も会場で見たことないんだ」
いっつも家のベランダ観賞だから、一度くらい近くでみたいんだけどね、と真緒が笑う。
「……なら、行くゥ?」
ほんの一瞬の間をおいて、荒北が切り出した。軽い口調とは裏腹に、声色が硬い。
「え?」
きょとんとした顔で真緒が荒北を見た。あまりに突然のお誘いにまるで気づいていないようだ。
「はァ?花火だヨ、バァカ」
「え、だって、荒北くん人混み嫌いでしょ?」
無理しなくていいよ、と悪気なく真緒が言う。一瞬、荒北の顔がぴくりと強張った。
「そーだけどォ、しょーがねぇからつきあってやるっつってんだよ!」
ほら、そのアレだ、補習のお礼だヨ、と、しどろもどろになりながら荒北が頭をガシガシ掻く。
「あ……ありがと」
ではお言葉に甘えて、と真緒が俯きながら返事を返す。ようやく、荒北の言わんとすることがわかって、なんだかとても恥ずかしい。でも、嬉しい。
「……」
暫しの沈黙が二人の間に流れる。
「あ。その前に成果テストだね」
大事なことを思い出したと言わんばかりに、真緒がはっと顔を上げる。
「……って、やなこと思い出させんな!」
心底嫌そうに顔を歪めながら、荒北が真緒の頭を小突く。そのまま無言で立ち上がると、店の出口に向かって歩き出した。
その様子に苦笑しながら、真緒は荒北の後を追った。
何かが始まりそうな夏の足音が、すぐそこまで近づいてきていた。
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