第13話




「はァ?なに勘違いしてんの?オレはお前のことなんて、初めからなんとも思っちゃいねーよ、バァカ!」

「――ッ!!」
耳に突き刺さるような、衝撃的な荒北の台詞で、真緒は目を覚ました。
(ゆ、め……)
そうだというにはあまりにリアルな感覚に、胸がズキズキと痛い。
昨日あれほど泣いたというのに、性懲りもなく、また鼻の奥がツンとして、自分でも嫌になる。
本人の意思ではどうしようもない涙に、真緒自身が一番戸惑いながら、それでも後から後から溢れる涙を止める術など知るはずもない。
(片思いってこんなにつらいんだ……)
顔を両手で覆いながら、小さく呟く。目が赤いのが、鏡を見なくてもわかる気がした。
昨日とは打って変わって、沈んだ気持ちのまま、重い身体をなんとか起こす。
(会いたくないな……)
無意識に溜め息が漏れた。本当はこのまま学校に行きたくない。でも、急に休んだら絶対色々怪しまれる。
それでなくとも、昨日は急に用事ができたとメールして、不自然な恰好で帰ってきてしまったのだから。
正直、今は彼と顔を合わせるだけでもつらい。だからといって、卒業までずっと学校を休むわけにもいかないし、休んで不自然に注意を引くよりは、学校で理由をつけてやり過ごした方がまだいいような気がした。
そう頭ではわかりつつも、落ち込んだ気持ちはどうしようもなく。
真緒は重い足取りで、クローゼットの扉を開けた。



「おはよう……」
まるで、コソコソ隠れるように、教室の後ろ扉からそっと教室に入る。チラリ、と前席を見れば、幸いにも荒北はまだ来ていないようだった。ほっと胸を撫で下ろしながら、席につく。
「伊東チャン、ハヨ」
「……!!」
急に、頭の上から今一番会いたくない人の声が降ってきて、真緒はビクッと肩を震わせた。驚きすぎると、人間は悲鳴も出ないものらしい。
「悪かったな、昨日。用事間に合ったァ?」
「……」
無言で首を縦に何度も振る。そうするのが精一杯だった。
「どした?具合でも悪ぃの?」
そんなことは全く知らない荒北が真緒の顔を覗き込む。
「やッ……!」
ごく自然に額に伸びてきた荒北の手を、思わず振り払ってしまう。
一瞬、荒北が目を見開いたのが見えた。

「だ、大丈夫だから!」
「……ならいーけどォ」
そう言いつつ、荒北の目を見ることもできない。絶対におかしいと思われていることを覚りつつ、荒北が自席に戻るのを見て、ほっとした。
本当、このままじゃ、まずい。
わかっていても真緒自身どうすることも出来なかった。



「よーし、今から席替えするぞ」
帰りのホームルームで渋谷先生がそう告げる。悲喜こもごもな周りの反応とは違って、内心ほっとしている自分がいた。
本当なら、荒北と離れたくない。でも、まともに目も合わせられない現状で、今のまま近くにいることは真緒には酷だった。
現に今日一日だけで、何度、不自然に目を反らしたり、話しかけようとする荒北から逃げるようにその場を立ち去ったことか。
今、荒北の目を見て話せと言われたら、間違いなく泣いてしまうと思う。それほど、今は彼と向き合うのが辛い。昨日の今日で今まで無自覚に募らせてきた想いを、簡単に消すことはできないから。
荒北への気持ちがもう少し落ち着くまで、少し距離を置きたいと真緒は思った。

そんな真緒の気持ちが通じたのか、荒北と真緒は見事に席が離れた。

真緒が廊下側最後方。
荒北は窓側の前から3番目。
意図的に関わらなければ、全く接点のない距離に複雑な思いを滲ませながら、真緒はひとり安堵の溜め息をついた。



放課後――
渋谷先生に呼ばれて職員室に行く。
用事を済ませて教室に戻ると、荒北が一人自分の机の端っこに寄りかかるように座って、窓の外を見ていた。
「伊東チャン」
まずい、と思って慌てて踵を返したときにはもう、振り返った荒北に呼び止められた後で。
あからさまに避けたのがわかって、余計に気まずい。
そんな真緒の気持ちなど知る由もなく、荒北が真緒に近づいてくる。
今にも逃げ出したいのをどうにか堪え、荒北の顔を見ることさえできずに俯いたまま、真緒はその場に立ち尽くす。

「つか、オレ伊東チャンに何かしたァ?」
下を向いたまま全力で、首を横に振る。ちがう、そうじゃない、って言えたらどんなにいいだろう。
「じゃ、なんで避けんの?」
「そんなこと、ない……」
無意識に後退っていたのだろうか。気がつけば、教室の入り口の壁に背中がくっつきそうな場所にいた。すぐ目の前に荒北の気配がして、真緒は息をのんだ。
「はッ!避けてんだろーが、実際」
「……!!」
ドン、という音がすぐ近くでして、真緒はギュッと身体をすくませる。
恐る恐る音のした方に視線を落とせば、荒北の足が真緒の左側の壁に向かって伸びている。そこではじめて、荒北が壁を蹴ったのがわかった。
「……」
壁と荒北に挟まれて、身動き一つ取れない。
顔を覗き込むようにして、近づいてくる荒北に息がとまりそうになる。
「なァ、こっち見てヨ……」
荒北が囁くように呟く。頼むから、と声がそう言ってる気がした。
耳元近くで聞こえる低い声に、心は勝手に反応して、心拍数が上がっていく。
失恋しても、好きを簡単に止められないのが、苦しくて、もどかしくて。
それなのに、どうして荒北くんがそんな辛そうに言うんだろう。つらいのは私の方なのに。
今だって、目も見れないくらい、心が痛いのに。
それでも、顔を上げることなんてできない。
だって、今、顔を見られたら、私の気持ち全部バレちゃうから。
荒北くんが好き、ってはっきり顔に書いてあるから。
「む……無理……!」
ごめんなさい、と絞り出すような声で言い捨てて、目の前の荒北の胸を両手で押し退ける。脱兎のごとく、真緒はその場から立ち去った。



「くっそ、無理ってなんだヨ!普通に傷つくだろーが、ボケナス……」
一人取り残された教室で、荒北が吐き捨てるように呟いた言葉は、当然真緒の耳には届くことはなかった。


prev next
back


azulverde