第4話
放課後の人もまばらな廊下を、荒北は無言でズンズン歩いていく。
真緒もつられて早足で歩くも、身長差による足のコンパスの違いは物理的に埋めようもなく。掴まれた手首がどうしようもなく痛い。
「ねぇ、荒北くん!」
「……」
「おーい、荒北くーん!」
「……」
手首を引っ張られたまま、後ろから何度も荒北の名前を呼ぶも、一向に振り返らない。
「荒北くん、ってば!」
「あァ?んだよ?」
「……!」
それでも、しつこく呼び続けること数回。ようやく荒北が振り返る。すこぶる機嫌が悪そうな顔で。
(う……やっぱり、ちょっと怖いかも)
荒北のあまりの人相の悪さに、真緒は一瞬怯む。しかし、曲がりなりにもようやく得たチャンスを無駄にすまいと、勇気を出す。
「あの、手」
「はァ?」
「だから、手!痛いから離して下さい」
掴まれた左手首を指差しながら、真緒は荒北の顔を見た。
「あー悪ぃ……」
ほんの一瞬バツが悪そうな顔をして、荒北は真緒の手をぱっと離した。
痛いくらいに強く掴まれていた左手が解放され、安堵と共になぜか少しの喪失感。
離して、と言ったのは真緒自身のはずなのに。
「あのね、補習のことなんだけど……」
左手に違和感を残したまま、真緒が荒北に切り出す。
「あー、関係ねぇのに悪かったな。まァ適当にやるし、お前はつき合わなくていーよ」
「や、そうじゃなくて」
「あ?」
「私、状況全然わかってなくてね、でもやるからには、ちゃんと説明して欲しいな、って」
「はァ?お前、バッカじゃねぇの?」
まるで珍しいものでも見るみたいな顔で、荒北が真緒の顔を覗き込んだ。
「ば、ばか……?」
「そーだヨ!どこの世界に見ず知らずのヤツの補習に付き合うお人よしがいんだよ!」
「見ず知らずじゃないよ。私、荒北くんの後ろの席だもん」
知らないと思うけど、と真緒は心の中で呟く。
「あァ?気にするとこそこじゃねーし!」
心底呆れたように、荒北は真緒を睨み付ける。その視線の鋭さに堪らず真緒は少し後退る。
「っつーことで、俺のことはほっとけ」
おりこうチャン、と捨て台詞を吐いて、荒北は踵を返す。
「待って……!荒北くん、インターハイ出たいんでしょ?」
一度は怯んだ真緒だったが、去っていく荒北の背中を精一杯呼び止めた。しかし、荒北は振り返らない。
「でも、それには課題の他に成果テストにパスしなきゃなんないんじゃないの?」
続く真緒の言葉に、荒北の歩みが止まる。
(やっぱり……)
成果テスト。
それは、さっきの会話から察した、言わば真緒の当てずっぽうだった。
しかし、荒北の様子を見る限りあながち間違いでもなさそうだ。
「だったら、私手伝うよ!手伝わせて?」
「はァ?だから、なんで……」
真緒の言葉に、荒北が勢いよく振り返る。
「それは私もよくわかんないんだけど……」
「はあ?!」
「でも、1人より2人の方が頑張れる、よね?」
「……っは!なんだそれ。意味わかんねぇ!」
一瞬、面食らった顔をしたものの、そう言って荒北は口の端を上げた。
(あ……また)
と、真緒は思う。
目の前の荒北と、昼休みの荒北が自然と重なる。
と、同時に、猫と戯れる微笑ましい光景まで蘇ってきてしまい、真緒は思い出し笑いしそうになるのを下を向いて必死に堪えた。
「ったく、わーったよ!そこまでいうんなら、付き合ってやんよ」
お前に、と片手で頭を掻きながら荒北が、あくまで上から言う。
それが荒北の照れ隠しの仕草だとは、今しがた初めて話したばかりの真緒はまだ気がつかない。
「うん。役に立てると思う。私、少なくとも荒北くんよりは勉強得意だし」
「てめ……ナチュラルにディスんじゃねーよ!」
「え、あっ、嘘、ごめんね?」
本当に悪気なく放った言葉を荒北に指摘され、真緒は慌てる。
「うっぜ……!」
その様子を見て、荒北が仏頂面で悪態をつく。しかし、その顔は今までと違いどこか楽しそうに見えた。
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