第5話




「はあ?!荒北に付き合うぅ?」

ランチタイム真っ只中の昼休みの教室に、突如沙雪の声が響き渡る。と同時に、クラス中の視線がこちらに注がれ真緒はぎょっとする。思わず、手に持っていたサンドイッチを落としそうになった。
「ちょ、さっちん!そんな大きな声で誤解を招く言い方を……」
しーっ、と人差し指を立てながら、真緒は小声で沙雪をたしなめる。さっちん、こと、本田沙雪は真緒の親友である。家が近所で幼なじみで、小さい頃からずっと友達。
「ちょっと、どういうこと?真緒が荒北の補習って?」
ちゃんと説明して、と言外に含めながら、沙雪は真緒を見る。心なしか、マスカラ二度塗りの目力がいつも以上に感じられるのは気のせいではない。
「うん。昨日ね……」
真緒は昨日あったことを、ゆっくり切り出した。



「――ってワケぇ。伊東チャン、わかったァ?」
放課後の教室で真緒の机を挟んで向かい合いながら、真緒は荒北から補習の詳細を聞く。そう言えば、こんな風に荒北が真緒の方を向くのは初めてな気がする。そう思うと少し嬉しい。
「うん。1年生の出席日数不足と2年生の成績不振で卒業はおろかインターハイ出場がピンチ、ってことだよね?」
「さらっと、抉るじゃナァイ!」
「で、夏までに山のような量のプリント補習受けないといけないんだね。テストつきで」
「そゆこと。ったく……シブセンの野郎、ノルマきつすぎるっつーの!」
心底めんどくさそうに言うと、荒北は真緒の机に突っ伏す。後ろ向きに腰かけて、椅子の背もたれに寄りかかって座る荒北の座り方がなんだか可愛い、と真緒は思った。もちろん、荒北には内緒だけど。

「うーん……これ、夏までに終わるかなぁ」
荒北が渋谷先生から貰った一回分だというプリントの束を見て、真緒が呟く。
「てめ、なにおそろしーこと呟いてんだヨ」
突っ伏したままの荒北の頭のてっぺんあたりから、低い声が聞こえた。
「荒北くん、朝練て何時まで?」
荒北の呟きは聞き流して、真緒があっ、と思いついたように尋ねる。
「あ?××時までだけどォ?」
「じゃあ、1限までに30分はできるね」
「はァ?何勝手に増やしてんだ、ボケナス!」
思いもよらぬ補習時間増量のお知らせに、突っ伏していた荒北が飛び起きる。
「……インターハイ」
まるで、最強の呪文を唱えたみたいに真緒がボソッと呟く。
「はッ!わーったよ!」
やりゃあいんだろ、やりゃあ、と喚く荒北に満足したように真緒が微笑んだ。
「じゃあ、明朝××時に、教室集合でいいかな?」
「って、伊東チャンもくんのかヨ!」
あ、教室より自習室がいいかなぁ、なんて呟いてる真緒を荒北が驚いたような目で見た。切れ長の三白眼の目が目一杯見開く。
「え、そのつもりだけど?」
来ない方がいいかな、と真面目な顔で真緒が荒北に問う。
「……べつにィ……」
相変わらず、視線は合わせないまま、荒北はそっけない返事を返す。もちろん、片手で頭を掻きながら。
「では、今日の分始めますか!」
そんな荒北に全く気づくことなく、真緒はプリントの束を手に取った。



「――というわけでして……」
「いや、全部聞いても全然意味わかんないわよ!」
あんた、荒北なんてほぼ他人でしょ?と沙雪が納得いかないという顔で真緒を見る。
「今からでも遅くないから、荒北に関わるのはやめな!」
真緒が悪く思われたりしたら嫌だし、と沙雪が歯に衣着せぬ言い方をする。
「うーん……見た目ほど悪い人じゃないと思うんだけどな、荒北くんて」
「はあっ?あれのどこを見たらいい人に見えるわけ?」
絵に描いたようなヤバい奴じゃん。と、沙雪は全然理解出来ないという顔で吐き捨てる。色っぽい唇をへの字に歪ませて。
「さっちん……」
それはちょっと言い過ぎなんじゃ、と真緒は苦笑いを浮かべた。
幸いなことに、荒北本人は教室にはいないようだ。大方、体育館裏で猫と戯れているに違いない、と真緒は思った。


「でも、荒北くん困ってるみたいだし、助けてあげたいっていうか……」
「出たー!真緒のお人好し!」
眉間に思いっきりシワを寄せて、沙雪が真緒を上目遣いに見る。ああ、せっかくの美人が台無しだ、と真緒は心の中で呟く。
「そういうんじゃないんだけど……」
「……わかったわよ。あんた、昔から言い出したら聞かないとこあるもんね」
これ以上、言うだけ無駄ね。と、大きな溜め息と共に呆れたように沙雪が言う。
「でも、まぁ、真緒って昔からちっとも変わんないね」
なぜか、思い出し笑いを噛み殺しながら、沙雪が真緒を見た。
「さっちん?何で笑ってんの?」
きょとん、とした顔で真緒は首を傾げる。
「だって、ちっちゃい頃もそうだったじゃん。捨て犬とかケガした野生動物ほっとけなくて拾ってきては、よくおばさんに叱られてたよねぇ」
しかも、どれも凶暴なのばっかでさ、と、沙雪が含みのある視線を真緒に送る。
「えーそうだっけ?」
あんまり覚えてないかも、と真緒は持っていた野菜ジュースのストローに口をつける。
「ま、ほどほどに。あんまり深追いはしないでよね!」
真緒のおでこを綺麗にネイルの塗られた人差し指でちょん、と小突くと、沙雪は食べ終わったお弁当の袋を持って立ち上がる。
真緒は去っていく沙雪の背中に、無言のままで、こくん、と頷いた。



(そう言えば、真緒が拾ってきた子達って……)
沙雪は自分の席に戻る途中に、ふと、あることに気がついた。
(最後はみんな懐いてたっけね……)
そう考えて、一瞬、あの素行の悪い男の顔が沙雪の頭に浮かぶ。
(ない。ないわ。それに、あいつは一応人間だし?)
おかしなことにはならないか、と思いながら沙雪は自分の椅子に腰を下ろした。




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