第7話



早朝の誰もいない教室の窓から、伊東真緒は外の景色を眺めていた。
本来ならば、新緑がまだまだ眩しい時期だが、今日はあいにくの土砂降りの雨。普段は自転車通学の真緒だが、今日はバスを使ったせいでいつも以上に早く着いてしまった。
こんな雨でも朝練はあるらしく、当然だが荒北はまだ来ない。このまま、何もしないでいるのもなんなので、一限の予習でもしようかと、真緒は自分の席に座った。
先月から始まった荒北の補習も、なんだかんだで一ヶ月が経とうとしている。
このひと月で、だいぶ荒北と親しくなれた、と真緒は思っている。以前は、前後の席に座りながら全くと言っていいほど関わることがなかった。しかし、今は違う。普通に挨拶したり、話したりするし、最近ではよく荒北が後ろを振り向いて話してくれることが増えた。そんな些細なことが嬉しい。少なくとも、四月の初めには考えられないことだったから。


「お。伊東チャンもう来てんのかヨ!」

はやっ、何時に起きてんだ、と言いながら、無造作にバックパックを机に置くと、荒北は席にどかっ、と腰かけた。

「荒北くん、おはよ」
今日朝練ないの、といつもよりだいぶ早い到着に驚きながら、真緒が尋ねる。
「いや、あったけどォ、後半室内になったから、上がれって」
福ちゃんが、と言いながら、荒北は持っていたベプシのキャップを開けた。
「福ちゃん、て福富くん?」
「そーだよ、って伊東チャン知ってんの?」
「うん。委員会で」
色々話してくれるよ、と真緒が笑顔で答える。
「話すぅ?あの鉄仮面じゃなかった無愛想な福ちゃんがァ?」
「え、全然無愛想じゃないよ」
しかも、それ荒北くんが言うんだ、と真緒がくすくす笑う。
「って、何笑ってんだヨ!」
そう言って、荒北が真緒の頭を軽く小突く。荒っぽい口調に反してどこか楽しげに見えた。

「じゃ、課題始めよっか。せっかくの時間がもったいないし、ね?」
ごめんごめん、と冗談ぽく謝りながら、真緒がさらっと笑顔で切り出す。
「へーい」
気乗りしない返事を返しつつ、荒北はおとなしく机に向かった。


「荒北くん」
本日分の課題を添削し終えた真緒が真面目な顔で、荒北を見た。
「どしたァ?伊東チャン」
気だるそうに頬杖をつきながら、荒北はわざと抑揚のない口調で答える。いつになく真剣な顔の真緒に内心、少しドキッとしていることは微塵も感じさせないように。
「大変、残念なお知らせがあります……」
「げ。ンだよ、それ」
毎日補習で、これ以上悪ぃ知らせってどんだけだっての。と、ぶちぶち文句を言いながら、荒北が机に突っ伏す。
「それがね、補習始めて、ひと月経つんだけど……」
「ど?」
少し躊躇いがちに話を始めた真緒に、突っ伏したままの荒北が顔だけ上げて真緒の様子を伺う。荒北の三白眼が見上げることで強調され、視線が痛い。
「このままのペースだと、確実に夏休みまでに終わりません」
「マジか!」
一呼吸置いて、さらりと述べられた事実に、荒北が再び机に沈む。気のせいか、がくっ、という音が一緒に聞こえた気がする。
「一応、渋谷先生にも相談してみるけど、あとは補習時間を増やすしかないんだよねぇ……」
「無理……マジで無理」
これ以上増やされたら死ンじゃうヨ、と珍しく弱々しい口調で荒北が呟く。
「だよね。朝は今でギリギリだし、放課後は部活もあるし。あとは昼休みだけど、荒北くん猫ちゃんのお世話があるし……あ」
しまった、と真緒が両手で口を押さえるが、時、既に遅し。

「なっ……なんで伊東チャンが知ってンだよ!」
勢いよく顔を上げた荒北が、驚いた顔で真緒を見ていた。



prev next
back


azulverde