09
あれから一週間もすれば少しは身体の痛みも退いてリハビリを始めた。
一度はポケモンの毒を受けたと言う事もあり神経系をやられていたらしい。上手く力が入らない身体はこんなにも動かないものなのかと逆に驚いたくらいだ。
毎日ベッドで眠れて三食出てくるだけで有難いのだが、こうも思うように動かない身体というのがもどかしくて仕方がなかった。

「クルル……」

「心配しなくても大丈夫だよ、ゾロアーク。
お医者さんが言うには一過性のものだから、こうして毎日歩く練習を続けていれば元通りの生活が送れるようになるから」

手持ちの中で唯一二足歩行可能なゾロアークが支えてくれるのでなんとかなってはいるがやはり今までの様に一人で出歩くには多少時間が掛かるな、と思いながら必死に生まれたてのシキジカのような震える足で一歩一歩を踏みしめる。此処まで酷いとは思わなかった。

「おのれプラズマ団……」

暫くの間は毒タイプのポケモンがトラウマになりそうだ。

『無理はするな。それで治癒が遅くなってしまう様だったら本末転倒だぞ』

「うーん、それは解っているけど……」

病院でのリハビリ以外でも病院内を歩いたりする事で自分で歩く練習を続けているのだが体力が落ちているせいかすぐに疲れてしまう。これは忌々しき問題だ。今は病院内にある中庭のベンチで日光浴中だったがそろそろ部屋に戻ろうかと思った時、看護婦さんと一緒に一人の男の人が私のもとへ向かってきているのに気付いた。
特徴的なデザインをしたロングコートを着て、かっちりとした制帽まで被っている辺り何処かの機関の人だろうか。

「エニシさん、お見舞いの方ですよ」

「お見舞い?」

そう言われてお見舞いに来たと言うのは看護婦さん以外にはこの男性しかいないのだが、私は男性と面識はない。間違いではないかと言おうとしたが、それより先に帽子を取って男性が突然きっちり90度に腰を折った綺麗なお辞儀をした。

「わたくしはイッシュ鉄道ライモン支部ギアステーションのサブウェイマスターのノボリと申します。
この度は貴女様に重大なご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございません。
ギアステーションの職員並びにイッシュ鉄道を代表して、謝罪と共にお詫びを申し上げる為に御面会させて頂きました」

丁寧過ぎる言葉遣いと、伏せられているせいで顔は見えないがその綺麗過ぎるお辞儀に一瞬呆気にとられた。

「あ、あの、とりあえず頭を上げてもらっても良いですか?
この場所ではちょっと、目立ちますので……」

他にもちらほらと入院患者やその見舞いに来ている親族知人といった人達がこちらを見ている視線が痛い。
ノボリと名乗ったこの男性の格好も目立つ為、注目され慣れていない私からすれば全速力で逃げ出したいくらいだ。

「えと、取りあえず、部屋に戻っても良いですか?
お話はそちらでお伺いいたしますので……」

「申し訳ございません。
わたくしとしたことが気が回らず……」

「いえ、謝らないで良いので。
ゾロアーク、また肩貸してもらえる?」

私が尋ねると任せろとゾロアークがベンチから立ち上がるのに手を貸してくれた。すると座っていたスイクンが私の前で伏せる。

『乗れ。そっちの方が早いだろう』

「え、良いの?」

『お前なら構わん』

スイクンの好意に甘え、長いふわふわの鬣がなびく背中へ横向きに腰掛けると私の重さなど感じさせない動作でゆっくりと立ち上がると軽い足取りで部屋への道を歩き始めた。
力のあるポケモンを持っている人は同様にポケモンの背中に乗ったり背負ってもらったりして移動している人もいるので特に問題は無いらしい。勿論、パワー系ではないポケモンでも車椅子等もあるので介護を手伝ってもらったりも出来る。これは一般病棟では許可されているらしいが感染病や衛生面を気をつけなければいけない病気に関しては病院スタッフのタブンネ以外でのポケモンは許可されていないらしい。蛇足だった。
部屋に着くと腰を落としたスイクンのタイミングを見計らって再びゾロアークがサポートしてベッドに腰掛けると態々腰にクッションを充ててくれた。本当に良く出来た子だ。いい子いい子と撫でてあげれば嬉しそうに擦り寄ってくれるので私も嬉しい。おっと、人前だった忘れる所だった。

「改めまして、エニシと申します。
この度はこのような立派な病院の手配をして頂き有難うございます」

「いえ、当然のことをしたまででございます。
むしろ、ギアステーションに勤める者としてお客様にお怪我を負わせてしまい申し訳ございません」

「いや、それは私が勝手に突っ込んで行った自業自得なんですが……」

「いいえ、職員がプラズマ団の侵入を許し、尚且つ多数のお客様を不安にさせるテロ行為まで許してしまったのは完全にギアステーションの落ち度です。
死人は出なかったとはいえ、重傷を負わせて仕舞った事には変わりありません」

駄目だ、このままでは堂々巡りになってしまう。

「このままではただの押し問答になりますから私は自分で無謀にもテロリストに生身で突っ込んで怪我をした、ギアステーションの方々は管轄の施設内での怪我人の治療に最善を尽くしてくれたと言う事で良いじゃないですか。
体力は落ちていますが、命に別条はありませんし、こうしてノボリさんがお見舞いに来て頂けたと言う事で私としてはそれで十分です」

「ですが……」

「でももかかしもありません。
当事者が良いと言っているんだからそれで良いんです。
寧ろ治療費払ってもらっている時点で私としては畏れ多いくらいなんですから……財布は常に素寒貧なんですよ、私」

肩を竦めて冗談めかして言えばノボリさんは一瞬面喰ったような表情を見せたが、言わんとした事を汲み取ってくれたのかそれ以上謝ることはせずに「でしたらご遠慮なく完治するまで退院後も通院してください」と言ってくれた。これで治療費の心配は本当の意味で解消された。

「つまらないものですが、お見舞いの品です。最近では衛生面から生花は断られると言う事を聞きましたので、確認を取ったら食べ物は問題無いとのことでしたので召し上がられてくださいまし」

「お気遣い有難うございます」

会釈程度に頭を下げながら差し出された紙袋を受け取り釣られるように頭を下げる。

「本日はご挨拶の為にお伺いしましたが、また来ます」

「有難うございます」

そう言ってノボリさんは病室を出て行った。
袋の中身は高そうな菓子折りで、一人分にしては量が多かった。
今度またノボリさんが来た時にでも一緒に食べようと思いながらまた袋の中へと戻した。
少しだけ、気持ちが落ち着いたような気がした。
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