04
街の外に出た森の中で私はスイクンをボールから出して寝そべったスイクンの体毛に身体を埋めるようにしてふわふわの毛並みを堪能する。ひんやりとした体はまるで水のようで鬣は風も吹いていないのになびいている。
スイクンの特性プレッシャーのおかげなのか、スプレーを使わなくても弱いポケモンは襲いかかってくることはない。
街の中ではそう簡単に出してあげる事が出来ないのでこうして人の来ないような場所で森林浴を楽しんでいた時だ。
野生のポケモン達がいる叢から現れたのはポケモンではなく一人の少年だった。
「トモダチがなにかいるって言ってたから呼ばれてみたら、君はトレーナー?」
「ん?君はだあれ?」
「ボクはN。彼らは君のトモダチ?」
彼ら、として示されているのがスイクンとロコンだと理解するとスイクンの鬣の中にうずまっていた身体を起こしてNと名乗る青年を見る。
「トモダチっていうより家族かな」
「家族?」
「うん。ずっと一緒にいるし、そっちの方がしっくりくる」
『それはお前も解るだろう。
ヒトのにおいの薄い人間よ』
「……驚いた。彼?彼女?ううん、どちらでも良いか。あなたは人間の言葉を話せるのかい?
ポケモンにはポケモンの言葉があるというのに……」
「スイクンはテレパシーを使ってくれるよ。
だからスイクンは私にいろいろな事を教えてくれた」
『お前も似たようなものだろう。
ヒトとの交わりより外れポケモンの中で生きて来たにおいがする。
我が娘と同じにおいよ』
「!!」
それを聞いてNはハイライトの無い瞳を驚きで瞠目させ私を凝視してきた。
「君もずっとポケモンと一緒にいたのかい?」
「ずっとっていう期間がどれくらいかは解らないけれど、私は赤ちゃんの時にはスイクンに育てられたみたい。
人間の生みの親は知らない」
「……きみとボクはとても良く似ているのかもしれない」
いつの間にやら私の隣に座ったNは拙い言葉ながらも語り始めた。彼も私と同じ、人間ではなくポケモンの中で育った存在なのだ、と。
長年一緒にいたから彼は人間でありながらポケモン達の言葉が解るらしい。残念ながら私はもともとの記憶がある為そう言う意味では新しいものを吸収する能力が乏しいおかげかスイクンがテレパシーを使ってくれる言葉以外はボディランゲージでしか意思の疎通が図れない。
Nにとってポケモンとは常に自然体であり、人間の手によってモンスターボールと言う檻の中に閉じ込めると言う事を良く思っていない。だから、彼は人間達の手によって都合良くゲットされるポケモン達を解放したいのだと語った。
『だがな小僧、ポケモンとて人間に利用されるばかりではない。自ら進化する事が出来ない種族もいる。そういう者達は人間を利用する事で自らが強い個体になる事を望む輩もいる。
もともとが野生であっても人間と馴染み、自ら人に歩み寄るようなのもいれば、私のように人間を育てるようなのもいる。
その事をゆめゆめ忘れるな』
「あなたはとても強いポケモンだからそう言えるのかもしれないけれど、トモダチはそうもいかない」
足元に寄ってきたクルミルをそっと抱き上げ膝に乗せるNは首元を指でくすぐるように撫でた。
「ボクはいつか、ポケモンがあるべき姿でいられる世界を作る」
「そりゃたいそーな夢だこと。でも、私達は家族だからそれには巻き込まないでね」
『その時は貴様に絶対零度を喰らわせるぞ』
「トモダチのトモダチはトモダチ。だからボクはキミとトモダチになりたい。
ボクと同じ境遇のニンゲンのトモダチはいないから……」
ぼっちかこいつ。いや私も人の事はいえないけど……。
「私も、人間の友達って考えてみればいないや。
じゃあ、私達お互いが初めての人間の友達第一号だね」
そう言ってお互いの手を握り合うと、Nは少し嬉しそうに頷いた。
似たような境遇で、ずっと一人だった彼からすれば初めての人間の友達が自分と同じ境遇だったということが余程嬉しかったのだろう。
「ボクたち、トモダチ」
「うん、そだね」
何この子可愛いんだけど。
何故か飛び跳ねているロコンはちょっと落ちつきなさい。
「また、来てもいいかい?」
「聞かなくってもいいよ。
だって友達でしょう」
そんな言葉が少しだけくすぐったくて、私達はまた会う約束をした。
スイクンは少し退屈そうに欠伸をしたけれど、私は境遇を知りえる友人というものが少なからず嬉しかった。