- 幻想魔伝 -
03:襲撃の夜  


「牛肉ー豚肉ートリ肉ー魚肉ー」

「女ー酒ー煙草ー」

「煩悩の塊ですねぇ」

膝に白竜を乗せて八戒さんは見事にこの自分の良く似正直な煩悩二人にそう言った。
ここまで正直なのもそうそういないだろう。

「……で、三蔵はどーしたの?」

「僧正さんに呼ばれて行きましたけど」

「こんな時間に?」

「あらかた予想は付きますけれどね」

どうせ【三蔵法師】にこの寺院に留まって説法をしてくれと頼み込んでいるのだろうが、旅路を急ぐと言う事は解っているのだからそれをきっと毒舌で下すのだろう。
彼が戻ってくるまで待とうと腰掛けたベッドでのんびりとくつろいでいる時、今まで大人しかった白竜が突如高い鳴き声を上げ始めた。

「ピーッピーッ」

「ジープ?」

ドンッという衝撃と、突如漂ってきた妖気に嫌な予感が当たったのだと解った。

「この妖気は……!」

「まさかまた刺客かよ?」

「───残念ながらそのようですねっ」

「紫苑ちゃんはこの部屋に残っておきな」

「己が身を護る事くらいは出来ます」

楽をするならそうするだろうが、一応形だけでも付いて行く事にした。
まあ、ぶっちゃけ一人ミンチにするくらいなら訳ないのだがそこは敢て黙っておいた。
妖気を辿った先は寺院の本堂だった。
崩れかけの仏像に乗りあげると、襲撃者と思わしき妖怪を見て悟浄さんはあからさまにつまらなさそうな顔をしていた。

「チッ、つまんねぇな。
今度はムサい野郎一匹かよ。
前回みたいな美女のサービスを期待したんだがな」

「!」

「フン、てめェらが裏切り者の妖怪三人組か。
しかも前回まではいなかったが、女の坊主が一人追加されているようだが関係ねえな。
紅孩児様の命により貴様らを始末する!!俺様にかかればひととたまりもないわ!!」

一人で乗り込んできた割には威勢は良いようだが、一気に熱が冷めたような感覚がした。

「───おい、どー思うよ?」

「態度でかくてムカツク減点二十点」

「笑い方が下品減点十点」

「男女差別発言に減点五点」

彼らの言葉に乗ってそう言えば、襲撃者妖怪はその態度に口元を引き攣らせた。

「なっ……なんだ貴様らバカにしてんのか!?」

「あ、歯が黄色い減点五点」

更に減点を課する悟空の態度に完全に切れたのか、持っていた斧を振り被る。

「ぶっ……ブチ殺す!!」

投げた斧は悟浄さんの顔面を狙ってきたがそれを難なく避けると壁に突き刺さった。

「───度胸は合格」

斧を壁から引き抜くと床へと放り投げ、そのまま膝を顔面にお見舞いする。

「がはッ……」

さらに追い打ちを掛けるように悟空さんが飛び蹴りを顎に入れると派手に鼻血を撒き散らして後ろへと叩きつけられた。

(ぜっ……全然見えねェ……!!!
なんて早さで動くんだコイツら!?)

「───まさか、これくらいの力であんな大見えきってたんじゃないですよね?」

にこやかに言う八戒さんは腹黒いと思った瞬間だった。
まあ、事実なのだが。

(こいつらただ者じゃねえ……!!)

「なーんだ弱いじゃんコイツ」

「クソッ」

妖怪は落ちていた瓦礫を握ると今度はそれを投げつけて来た。

「うわセコイッ」

「ちょっとさがってて下さい
如是我聞一時 涛伽梵成就 殊一隈切智 智輪伽冠為 自在範作一切 如束一切生界」

八戒さんが呪を唱え、手を翳すと飛んできた礫を弾くような障壁が一瞬にして展開された。

「クモ女さんと戦った時考えついたんです。
【気】を固めてバリヤーできないかなーなんて」

「いーなー八戒、俺もそれやってみたい!!」

「集中力がないとなんとも……」

呑気にそんな会話をする二人に妖怪は突如起き上がり「先手必勝!!」とありきたりな「真の力を見せてやる」的な事を言うと右手から突如巨大な刃が現れた。

「ああ、だから右袖だけがなかったんですねェ」

「ダッセェ服だと思ってたンだよなッ」

襲いかかってくる妖怪の兇刃の前に躍り出たのは悟空さんだった。

「如意棒ッ!!」

突如現れた武器を手にその刃を受け止める。
だがその力はかなり強力で、弾き返した時悟空さんはビリビリと震えがきたのか手をパタパタと振る。

「スッゲ馬鹿力!!」

「お前に言われちまったらおしまいだな」

「まとめて始末してやる!!」

再び襲いかかろうとしてきた時、その刃を受け止めたのは悟空さんではなく別の人間だった。
突如ふわりと現れたかと思うと、渾身の拳を妖怪に叩きこんだ。

「何ィ!?」

「倒れ方が無様だ。四十点減点」

やりたかったのか。
突然の乱入者に悟空は嬉しそうに近付いて行く。

「三蔵っっ」

「計八十点の減点ですね」

「ったく、なんでお前ってオイシイところ一人占めするワケ!?
こんな奴俺一人でも余裕だったのによォ」

「そのようだな」

悟浄さんは不満そうにそう言うが倒れていた妖怪に彼はつま先で無理矢理顔を上に向かせる。その様子はさながらSMの女王様のようだ。絶対に言わないが。

「ぐふっ」

「お前ごときの死角をよこす様じゃ俺達はよほど見くびられてるらしいな。貴様らの主君【紅孩児】とやらに。
牛魔王蘇生実験の目的はなんだ?その裏には何がある」

その問いに対し、妖怪は口をいびつに歪ませた。

「……へッ。
あんた血生臭ェな……今まで何人の血を浴びてきた?
【三蔵】の名が利いてあきれるぜ」

「二十点減点。
……ゲームオーバーだ」

質問に答えなかった妖怪にハンマーを下ろした銃を向けるが、妖怪はそれに対し恐怖するどころか嗤ったのだ。

「言われなくても死んでやるよ」

カチ、と言う音に口の中に自爆装置のスイッチを仕込んでいた事に漸く気付いた。

「───よけて三蔵!!」

爆風に飛んできた破片で頬を切ったものの、怪我らしい怪我はそれだけで済んだらしい。
至近距離での爆発に対してその程度の怪我で済んだ事は奇跡的だ。

「何もしかして自爆したってヤツ!?」

「……マジで?」

「大丈夫かよ三蔵!?」

「ああ、大したことはない」

そして今度は腰を抜かしている小坊主───葉に声を掛けるが、茫然自失の様子でこちらを見ていた。

「怪我はないですか?」

「あなた達は……何者なんですか!?
今までにも沢山の血を浴びた……って、こんなふうに殺生を続けてきたのですか!?」

先程の妖怪の言葉を聞いていたのだろう。
彼にとっての【憧れの三蔵法師】がまさか血みどろ坊主だっただなんて不殺生を掲げている敬虔な仏教徒の葉からすれば期待を裏切られたとしか思えないのだから。

「……っ。あのなぁッ、仕方ねーだろヤらなきゃヤられちまうんだからさぁ!?」

「それが良い事だとは僕らだって思ってませんよ───でも、良くないにきまってますよ!
たとえ誰であろうと命を奪うと言う行為は御仏への冒涜です!」

それに対し、彼は淡々とした様子で吐き捨てる。

「───おい。お前それ本心で言ってんのか?
これだけ身内が殺されてもそんな事言えんのかよ。
そんなに【神】に近付きたかったら死んじまえ。
死ねば誰だろうが【仏】になれるぞ。そこの坊主達みたいにな」

「───でもまあ残念な事に、俺達は生きてるんだなコレが」

結局、夜明けと同時にこの寺院を発つ事となった。

「……此処から北西へぬければ夕刻までには平地へ出ると思います。
ジープなら町まですぐでしょう。ご迷惑をおかけしました」

「いえいえとんでもない!!」

「今回の事で我々がいかに危機管理がなっていないか思い知らされました。死んだ僧達の魂をムダにせぬ様に致します」

僧正の言葉に興味を示す事もなく無言を貫いていたが、葉がおずおずと近付いてきた。

「三蔵様。
全てが片付きましたら又この寺に立ち寄って頂けますか?
その時は、私に麻雀を教えて下さい」

それが彼なりの精いっぱいの感謝の気持ちなのだろう。

「……覚えておく」

結局最後まで騒々しいまま石林の寺院を後にした私達は平地へと抜けると再びジープで西へと向かった。
ぶっちゃけ、今回私の出る幕は無かった事なのだが、あの程度の刺客なら私はジープの後部座席で惰眠でも貪ってても良さそうだ。


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