突如朝に叩き起こされたかと思えば、旬麗さんの姿が見えないのだという。
どうやら、日課である洗濯に行った時この村の人間が今まで彼女の耳には届かないようにしていた噂をとうとう耳にしてしまったらしい。
その噂というのが、旬麗さんの恋人だった妖怪の【茲燕】に良く似た妖怪が西の森に現れたと言うものだった。
急ぎジープを出し、西の森へと旬麗を探す事になった。
既に乾いた服に袖を通し、悪路としか言いようのない木の根や岩で揺られながら地理も解らない森の中を探し続けた。
「〜何考えてンだよ旬麗は!?」
「俺が知るかよ」
「なァんも考えちゃいねーだろよ。
愛しい男のこと以外はな」
悪路を進んできたとはいえ流石にジープが進めない程木々が密集していては通る事は出来ない。仕方なしにジープは目印変わりに置いていき、此処からは自らの足で進む事となった。
「此処からは別れて探しましょう」
「私はこちらを探してきます」
ぶっちゃけ、ヒトよりも耳が良いから何となく解る。
急ぎ足で進めば、後少しと言う場所で旬麗さんの悲鳴が聞こえた。
「旬麗!」
「なんだ!って女か……しかもかなりの上玉じゃねえか」
「下種の考える事は何処も一緒ですか。
命が惜しくば離れなさい」
懐から扇を取り出して告げるが、完全にこちらを見くびっているからか、下卑た笑みを浮かべたままこちらににじり寄ってくる。
そう、それでいい。そのまま旬麗さんから気が逸れている間に彼女が逃げてくれればそれで十分だ。
「旬麗!」
「紫苑!」
それぞれ反対方向から現れた悟空さんと悟浄さんが飛びだし、丁度真ん中にいた妖怪の男の一人を両側から顔面に飛び蹴りを喰らわせた。
「今のがクロスカウンターってやつですね!!」
「何やってンだよあのバカコンビは」
「このサル!!前方をよく見て飛び込んでこいよ!!」
「人のこと言えンのか!?ああ!?」
どんな状況で会ってもこの四人は己のペースを崩さない。
まあ、今回は【コイツら】の方が運が良かったのかもしれない。
「───って言うか何だよてめェら!?」
「突然わいて出やがって……」
(僕らの事をしらない───となると今回は紅孩児の刺客ではない様ですね)
「あんたの恋人じゃないんだな?」
「ええ……背格好は良く似てるけど違います。
茲燕を……茲燕を知らない!?そこの人と同じ銀髪の───」
銀髪と言えば確かに特徴的だ。
だが同じ銀髪とはいえ、今しがた旬麗を襲おうとした妖怪が彼女の恋人と言うのは嘘だろう。
「知らねェな。この変で銀髪の妖怪は俺くらいだぜ」
「そ……う……」
銀髪の妖怪がそう言うと、一気に力が抜けたかのように気を失った旬麗さんが崩れ落ちた。
「旬麗……?旬麗!!」
「大丈夫、気を失っているだけです。
人違いだった事に気が緩んだんでしょう。
早く帰って寝かせて上げた方が良い」
私達立って途中まではジープに乗ってきたこの距離を女性の足だけで駆けてきたのなら結構な疲労も溜まっているはずだ。
ここはもう用件は済んだのでさっさと引き上げるに限る。
「───オイ待ちやがれ!!
勝手に持ち帰るんじゃネェよ!!!
その女達は俺達のエモノだ!!」
「なんならテメェらもミンチにして喰ってやろうか?」
その女には私も入っているのか。
まったく、身の程と言う物を知ってから言え。
リアルハンバーグにしてやろうか。
「ンだとォ!?」
いつものように挑発に乗る悟空さんに対し、冷静なのは悟浄さんだった。
「……ああ、今日はヤメとこお。
今はあんましヒトゴロシしたくない気分なの、俺。
だから大人しく帰ってクソして寝ろやOK?」
いつもなら問答無用で喧嘩を買っていた所だろうが、今回ばかりはそうではないらしい。
「なッ……」
「さ、行こか」
「おばさんも心配してるでしょうしね」
まあ、この流れならさっさと帰るに限る。
余計な死臭が付かなくて済むならそれに越した事はない。
「───おいナメてンのかてめェら!?」
「───おいちょっと待て!!あの赤毛の男……俺昔聞いたことあるぜ。
人間と妖怪の間にできた禁忌の子供は深紅の瞳と髪を持って生まれるってな」
それは私は初耳だ。
その話題を今持ってきていて、それに該当するのはこの中では一人だけだ。
「───なんだじゃあアイツ。
出来そこないじゃねェかッ。
アソコの毛も赤いのかよ、ええ?出来そこない」
安っぽい挑発なのだろうが、気にしている本人からすればそれだけで十分なのだろう。だが悟浄さんが反応するよりも早く、他の三人がそれぞれではあるが文字通り【口を塞いで】いた。
「ホラ【口は災いの元】ってよく言いますよねぇ?
続きが言いたきゃ【あの世】でどうぞ♥」
八戒さんはいつもと変わらず笑顔ではあるが、その手には確実に力が入っていきそのうち顎を砕いてしまうのではないかと思うくらいだった。
「ヒイッわ……悪かった、助け……」
「───詫びるくらいなら最初っから言わなきゃいーんだよバァーカ」
口を塞いでいたリボルバーを引きぬくと布で唾液を拭き取り再び懐に仕舞う。
「───ったく、変な奴らだよお前ら」
その様子を見て、いつもは険悪な空気になる事も多いがやはり【仲間】なのだと痛感していた。
だがそんな空気を読まない輩と言うのがこう言う奴らだ。
「───そっ……たばれェ!!」
「何、そんなに興味あんの?
アソコの毛の色♥」
手に持った鎖鎌の刃が一瞬にして妖怪三人の胴と下半身を分断していた。結局血の臭いを嗅ぐ羽目になったのだが、今回ばかりは折角のチャンスを無駄にした馬鹿のせいだとしよう。
「ま、確かめられンのは【イイ女】だけだけどな。
あ、モチロン紫苑ちゃんは全然オッケーよん」
だから何故私に振る。
「きしし、ちゃんと黒いよなっ黒!!
風呂場でみたもんねオレ」
「言うな」
ジープを置いてきた場所まで戻り、村へ戻るとおばさんに旬麗さんを預けて間もなく村を発った。
その途中【ジエン】と言う名はどうやら悟浄さんの兄の名前と同じだったらしく、悟浄さんもそれを確かめる為に旬麗さんを探していたらしい。
「お互い生きてりゃその内どっかでスレ違うくらいはするだろ。
……しっかしアレだな。フリーのイイ女はなかなかいねェよ。
なァ〜紫苑ちゃん、いい加減俺とイイ事しようぜェ?」
「教育的指導」
「ケッ、くだらねーな」
「お前ねー女に興味ないなんて病気だぜビョーキ!それともホモ?」
「……撃っていいか?」
「お寺さんによっては【お稚児さん】というものがあるようですが……」
「テメェも話をややこしくするな!!」
「ホモソーセージ?
なあ、オチゴさんってなんだ?」
「一発じゃ死にませんよ。あと悟空、それはまだ知らなくても良い事ですから忘れなさい」
その際、座席に隠してあったカードで悟浄のイカサマが発覚し、再び同じ光景が繰り広げられる。そしてグラリと揺れた車体に一瞬出来気を感じ取った。同じ徹は二度踏みません。
私だけ一人さっさと座席を蹴りあげて岸へと着地し、彼らは再び川の中へとダイヴした。
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