- 幻想魔伝 -
12:易者と蟹と女の子  


私が妖怪とばれてから、それでも彼らは変わらずに接してくれた。
ジープで地道に西を目指す陸路はやはり道中妖怪の襲撃を受けるのが日常となりつつあった。
久々の団体さんは目算で数えても三十人程だろうか。
どうせ妖怪とばれてしまったのだから、たまには私が動くのも良いだろう。

「今回は私に任せてもらえませんか?」

「へ?」

「ちょっとちょっと、紫苑ちゃんそりゃあぶねーって」

「大丈夫です。
あ、出来れば気を強く持っててくださいね。
そうじゃないと、巻き込まれますから」

ジープからストンと軽い足取りで降りると今まで殆ど使われる事の無かった傾世元禳を久々に羽織った。

「あァン?なんだァネエチャンが俺達の相手纏めてしてくれるってのかァ?」

下卑た笑いを浮かべながら近付いてくる妖怪達に後ろでスタンバってる彼らには悪いが、全て片付けさせてもらおう。
モードチェンジというわけではないが、傾世元禳の特徴上と今までの使用時の癖から蠱惑的な笑みを浮かべる。

「ふふ♥貴方達が私を満足させてくれればの話だけど♥」

バサリと広げられた羽衣───傾世元禳から普通の人間なら黙視できない妖気を漂わせる。するとその気に充てられた妖怪達の目が次第にトロンとしてきたのを見て術にかかった事を確認してから命じる。

「さあ───奪いあいなさい」

そう言った瞬間、互いに互いを殺し合い始めた。

「え、ちょ、あいつら仲間じゃねーのかよ!?」

「オイオイ、俺達には目もくれねえで味方打ちし始めやがった!?」

突然始まった同士打ちに困惑している彼らを尻目に、暫く待って最後に残った一人の前に立つと恍惚とした表情の男妖怪に囁く。

「それじゃあ、私の為に死になさい」

「喜んでえええ!!」

そう命じると妖怪は笑いながら自らの首を刎ねた。
私が直接手を下す事無く襲ってきた妖怪を全滅させたことにポカンとしている彼らの待つジープに乗りこむと、数テンポ遅れて悟浄が呟いた。

「え、えげつねえ……」

「自我をはっきり持つというか、自分の意思や信念を強く持つ相手には効かないけれど、あれくらいの相手なら簡単に操れるわ」

「……誘惑の術か」

「流石、良く知っているわね」

「書物で見た程度だ。
だがあれほどの人数を薬なんかも使わず簡単に惑わせるなんて早々出来るもんじゃねえ」

「それはヒ、ミ、ツ」

妲己の置き土産である傾世元禳を使う事で増幅された力と広範囲に広げる事が出来るようになった。
その代わり、範囲を限定的ではなく広範囲に狙って使うとすれば上手く敵味方区別できずに誘惑してしまうのが難点だが、そこはその内私が完全に使いこなして識別出来るようにするのが最大の目標といったところだ。

「余計な労力使わずに済んだでしょう?さ、後少しで次の町へ辿りつけるのですからさっさと行きましょう」

「……なんかふっきれてからの紫苑が八戒とダブって見える」

「偶然だな、俺もだ」

失礼な、私はあそこまで腹黒くない。
と思った所で否定したら当人がまたバックミラー越しに笑ってくるので口には出さないが……。
傾世元禳を畳んでいると、じーっと見つめてくる悟空と目が合った。

「なあ、それなんだ?」

「これは傾世元禳といって、宝貝パオペエと呼ばれる仙人の扱う道具の一つです。あ、触らない方が良いですよ。
並の人が触ると一気に生気吸い取られますから」

触れようとした悟空の手が当たる前に止めておいた。
多分悟空なら大丈夫だろうが、伊達にスーパー宝貝と呼ばれていない傾世元禳は仙人でもないただの人間が触れれば一瞬にしてミイラになってしまう。

「うぇ……そんな物騒なモン良く扱えるな」

「まあ、これはある程度の力を持つ仙人なら扱える物なので……」

妲己チートだし。出来るだけ触れないようにさっさと畳んで懐へ仕舞うと、次の町までジープの上で揺られながら進んだ。
数時間もすれば久々に辿りついた町は活気にあふれる賑やかな場所だった。
今まで集落の様な村ばかりだったからこういう人が集まる場所というのはとても久しぶりだった。

「うわあー店がいっぱいだっっ」

「こんなに賑やかな町は久しぶりだな」

「ああ」

「妖怪の影響をあまり受けてないんでしょうね」

悟空は特に浮かれており、人通りも多く賑わう市場の店をきょろきょろと見渡している。

「三蔵!!あれ食いたい!!」

「却下」

露店の肉まんを見て指差すも、それは即答で却下された。

「何でだよッ!!イジワル坊主!!!タレ目!!ハゲ!!」

「聞こえんな。誰がハゲだ」

「まあまあ……いいんじゃないですか?肉まんくらい」

「甘やかすと悪い癖がつくぞ八戒」

「めっきり主婦だねェ」

「死ぬか?」

悟浄に茶かされている彼を見ていると、つい先日までの荒れた生活が少しだけ緩んだような気がした。
賑やかな人の流れの中、露店の並ぶ道を歩いていると道端から声を掛けられた。

「───もしもし。そこ行くお兄さん達。
旅の人でしょう?
この清一色が旅路の行き先を占ってあげますよ」

そこにいたのは占いと思われる道具を広げて店を構える男だった。

「ケッ、興味ねぇよ占いなんて」

「第一、麻雀の役を通り名にしている易者なんざ信用度低いな」

「そっけないなぁ……ま、いいや。教えてあげましょう。
死相が出てますよ皆さん。クククク……怖いですねぇ……。
死に近いところに生きてるでしょう?ワタシにはわかる。
特に───そう、貴方だ」

清一色と名乗った男は骨の様に細い指先を八戒へと向けた。

「そんな偽善者面で誤魔化してるけど、罪人の目をしてるじゃないですか」

「……」

「腹に傷を持ってますね?それが貴方の罪の証だ。償いきれない程の……」

「───っ何者だてめぇ!?ケンカ売ってやがんのか!?」

「おっと、我はただの易者ですよ。
信用度の低い……ね」

クククと嗤う様子はどうも胡散臭い以前に何処か不気味に感じた。

「我の牌は運命を語るんです……ほら。
【災いは汝らと共に】───ま、信じないのは勝手ですけどね……」

「それどーゆう……」

問いただそうとした時、突如市場の向こうから悲鳴が聞こえた。
反射的にそちらを見ると、通常の何百倍もあるような巨大な蟹が突如として街中に姿を現していた。

「ぎゃあああ!!」

「うわあぁ化け物だ!!」

逃げ惑う人々の中に、振り返り先程の露店を見ればすでにあの易者はいなくなっていた。

「まさかアレも牛魔王の刺客かよ!?」

「いや、それはわからんが奴の胸元の梵字……あれは【式神】の印だ」

「式神!?あんなでかいのが!?」

通常の蟹ではないと言う事は解った。だがあれを止めるにはそこそこ骨が折れそうだ。
式神を倒すべく、出来るだけ近くへと駆けて行く。
その道中、間に合わなかった人々は壁や地面にたたきつぶされてみるも無残な状態でその姿を晒していた。

「げ……ヒデェ……」

「誰の使いかしらねけどよ、いい気になってンじゃねーぞ!!」

悟浄の鎖鎌が巨体めがけて振り下ろされるが、甲羅に当たった刃は傷一つ付ける事無く弾き返された。

「!!なッ……
!!
〜ちょっと待て!!アンナ頑丈な式神がいるかよ!?」

「何でできてやがるんだ……?」

「危ない……よけて!!」

彼らの頭上に巨大な岩が落下してくる瞬間、咄嗟に傾世元禳を広げた。
ただの羽衣と思うなかれ。薄っぺらい布に見えるだろうが仙界でも一、二を争う防御力を誇るのがスーパー宝貝たる所以だ。

「紫苑……!?」

「頭上注意、ですよ」

「マジ助かったわ!サンキュな!」

「しっかしよっ、デカくて硬くて黒いなんて立派だねェダンナ♥」

「……お前良くこの状況で下ネタ吐けるな」

呆れてものも言えない、とでも言いたそうな顔をしている彼に八戒が打開策を提案する。

「三蔵!魔天経文を……!」

「やっぱそれっきゃねえか───悟空!
奴の注意を逸らしとけ!」

「合点、相手してやるぜカニ星人!!」

勢い良く式神の前に躍り出ようとした悟空の動きが止まった。
その足元には一匹の猫がいた。その猫に気を取られている間に式神の巨大な前足が振りあげられる。

「危───……ッ」

悟空目掛けて振り下ろされる直前、何かが屋根から飛び上がった。
それは式神の方向へと飛んだかと思うと、影よりも数十倍もの巨体を豪快に殴り飛ばした。

「な……」

「何が起こったンだ?」

蟹らしく泡を吹いて倒れている式神の足元に現れたのは一人の女の子だった。

「危なかったねお前。
くすぐったいって」

女の子は悟空の足元にいた猫を抱きあげると猫とじゃれはじめた。褐色の肌に赤みがかった濃い金髪にも見える髪をし、尖った耳や右頬の爪跡にも見える痣が妖怪だと物語っていた。

「お、女の子ォ!?」

「今の……この娘が?」

「───あ。
【三蔵いっこお】やっとめっけ!!」

「え?」

「オイラは李厘!!
紅孩児お兄ちゃんの代わりに君達をやっつけに来たよっっ」

「【お兄ちゃん】って───まさか」

『紅孩児の……妹ォ!?』

ということらしい。
そう言えば彼らは既に紅孩児とやらと出会っているんだったな。忘れていた。

「……だから死んでね♥」

自信満々に言う女の子はズビシッと効果音が付きそうな程勢い良くこちらを指差して言った。
他の皆は既に【紅孩児】と面識があるようだが、私は未だに会った事がない。
私達……というより三蔵法師の持つ経文を狙ってくる当事者よりもその妹に先に会ってしまうとは順番逆ではないのだろうか?
それにしても、この絵面はなんとも……おかしい。


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