「……と、ゆーワケでっっ、どっからでもかかってこいっっ!!」
しーん、と沈黙が流れてしまうのは仕方のない事だろう。
どう見ても歳下の少女相手に男四人(私は含まない)はいくらなんでも大人げないと思ってしまうのは誰だってそうだ。例えそれが相手が妖怪であっても、だ。
「どっからって言われてもなァ……」
「さてどーしたもんでしょう」
「オイラが小さいからってバカにしてるなっっ?
じゃあこっちからイクよ!!」
「うあ!!?」
咄嗟に避けた悟浄がいた場所は女の子とは思えない強力な拳により軽く十センチは地面が抉れていた。もしも直撃か受け止めていたかと思うとぞっとしない。
「なッ……」
さすがの悟浄もこれには冷や汗をかいたようだ。
かと言って自分が相手をするのも嫌なのか悟空を前に出そうとする。
「悟空お前いけっっサイズが一番近い!」
「何でだよっ子供相手なら八戒だろ!?」
「それを言うなら女性の扱いなら悟浄でしょう」
「あんなの女じゃねェよ」
たしかに腕力だけ見れば人間の女の子ではありえないような力を持っているようだ。
それに今までと違い女子供相手にするというのは流石に憚られるようだ。
誰が相手にするかでこちらが揉めている間にも李厘と名乗った女の子はこちらへの攻撃の手を休める様子は見せない。
「でやッ!」
「ちょ……ちょっと待て!!」
「待たないモンね♥
悪い奴はみんな死んじゃえ!!」
まあ、待てと言われて待つような奴は確かにいない。
さて、どうしたものかと思っているうちに背後から忍び寄る影を見つけた。
「あ」
「捕獲完了」
「にゃっ?うにゃにゃっ?
降ろせよーっっタレ目!ハゲっ!!」
「……殺すぞマジで。だから誰がハゲだっつーの」
後ろから猫よろしく掴まれ、捕獲された様子はさながら小動物のようだ。
「おオっ、さすが三蔵」
「小動物の扱いはお手の物ですね!!」
「誰が小動物だよッ」
三者三様で確保した様子に八戒は拍手まで送っていた。
それに不満だったのか、李厘はもがいて離れようとする。
「もーっっオイラ超ムカついたっ!!」
「食うか?」
「食べる」
「あ、手懐けた。プロだ」
暴れて抜けだそうとした所をすかさず肉まんを見せればそちらの方に気を取られたせいか暴れる事をやめて大人しく渡された肉まんを頬ばっている。その様子はどう見ても悟空と被る。
「───そこまでだ」
頭上から声がして顔を上げれば、そこには見た事のある人物がいた。
「また会ったな三蔵一行。我が妹……返してもらいに来た」
「紅孩児……!」
「あ、あれが紅孩児なんですか」
「あれ、お会いした事ありませんでしたっけ?」
「あー……何と言うか、多分八戒達が対面した時には見ていませんが、別件の時にはお会いしました」
「はァ!?聞いてないぞ!?」
「言ってませんから。
まあ、彼にとっても不名誉な事なのであえて黙っておいたと言うか何と言うか……」
まさか妖怪達にとっての王子様的な存在の人物が女性の水浴びを(不可抗力とはいえ)覗き見したというのは某ゲームのようにスケベ大魔王の照合を与えてしまう事になってしまうので、流石にそれは一応、多分、中ボス以上ではあると思える彼を思っての事だ。ってなんでわざわざ私は敵対する人物にこんなに気を使っているんだ。
「ってゆーか!
〜あのなァッ人を誘拐犯よばわりすんじゃねェよ!
こいつから来たんだこいつから!!あと毎回毎回高い所から登場すんな!」
「てめぇ妹をどーゆー育て方してやがるんだ!?」
「これじゃあ女版悟空ですよ〜」
「なんか……反感買ってるみたいですケド」
「返す言葉もねえなあ、オイ」
「やっほーお兄ちゃん♥」
「【やっほー】じゃないわ馬鹿者!!」
「いーよ返すよ別にいらねえから」
彼が手を離すとボトリと落としてしまう。せめてもう少し丁寧に下ろして上げるくらいはしてあげても良いと思う。
「大丈夫ですか?」
落とされた際に付いた泥を払いながら言うとポカンとしたように李厘は私を凝視してきた。
「アンタ、変な奴だな。
でも、なんかイイにおいがする」
おや、今日使った誘惑の術の残り香でもするのだろうか?
スンスンと鼻を動かしてにおいを嗅ぐ仕草はまるで小動物だ。
ふと視線を感じて上を見上げれば、先程紅孩児と呼ばれた彼と目があった。
「お、おまえは───」
「貴方が【紅孩児】だったのですね。
それと、この際だから言っておきますが私は【天女】なんて立派なものじゃあありませんから」
「天女ォ?」
「ああ、はい。
お互い敵だと知らない時にお会いした時、初対面で言われました。
多分羽衣のせいだと思うんですけど、シチュエーションが羽衣伝説の天女が羽衣を湖の畔に羽衣をかけて水浴びをしている場面と被───あ……」
結局言ってしまった事に気が付いた。
黙っていたのに意味無かったな、と紅孩児を見れば顔を真っ赤にして「違う」だの「降り立つ際気付かなかった」だの慌ててお供と思わしき二人に弁解していた。見ているこっちが可哀想になった。
「紅孩児、テメェ俺より先に紫苑ちゃんの入浴シーン覗き見するたァ良い度胸してるじゃねえか!!」
「え、紅孩児って悟浄と同じエロ河童だったのか!?」
「悟空、ああ言うタイプは【ムッツリスケベ】って言うんですよ。
女性の無防備な入浴シーンを覗き見するというのは、さすがに褒められたものではありませんが。例えそれがどんなに魅力的な女性でも、ね」
「……死ね。今すぐ死ね」
わー言い返せないうえ自己嫌悪に陥ってる紅孩児にそれはかなりの精神的ダメージを負わせる事に成功したようだ。
「───……あの、私気にしていませんから」
敢て慰めるようにそう言えば更に沈んだ。何故だ。
「紫苑さん、そう言うのは逆に相手を傷付ける言葉になるんですよ」
「そう、なんですか?」
八戒がいつもと変わらぬ笑顔でそう言ってくれたが、それは私には理解し難い事だった。男の矜持どうのこうのと言われたが、女の私には解らん。
結局、悟空が最初に殴りかかるということで乱闘へと発展した。
だから私置いてけぼりにするなよな、もー。
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