- 序章 -
07:烏が哭く夜  


光明に声を掛けられそちらに行けば一人隠れて月見酒をしていた。相変わらず僧侶として失格な男だ。

「どうです、こちらで一杯。
私も手酌よりはどうせなら女性に注いでもらった方が良いですからねえ」

「そっちが本音でしょう」

一つ、溜息を吐きながらも隣に座り盃に酒を注ぐ。

「おや」

流れる昏い雲に月が隠れてしまった。

「貴方が来たおかげで月が隠れてしまったじゃないですか」

「まるで俺が来たからみたいな言い方はやめてくれないか」

暗闇から現れたのは眼鏡をかけた細身の男だった。その身なりは光明と変わらず、双肩の経文からこの男も【三蔵法師】だと悟った。

「おやあ、いつの間にこの寺は女を置くようになったんだい?」

「私の友人ですよ。手を出したら怒りますからね」

「おーおー、あんたみたいな普段ぼやけてるようなお人が怒ったらどうなるのかは興味はあるが余計な火の粉は被らないようにしたいんでやめておこう」

「紫苑、彼は烏哭三蔵法師です。無天経文の護り人でもあります。
あと胡散臭いので無闇に近付かないように」

「え、俺の扱いってそんなん?」

「解りました」

「そこで了承しちゃうんだ」

烏哭という名の三蔵法師は光明に了承を得る事もなくドカリと隣に座った。

「でも、事実と虚構がどうであれ、貴方も【三蔵法師】という地位があれば我儘通して融通を利かせることくらい出来るでしょう?」

烏哭がそう言うと、光明はフウと一息ついてからゆるゆると笑った。

「だって面倒臭いじゃないですか」

「あんたくらいだよ、そんな事言う奴は」

呆れたように肩を竦め、注がれた酒をちびちびと飲みながらその話には区切りを付けて今度はまた別の話を始めた。
なんだかんだで交友関係はあるらしくお互いに気が知れたように語っていた。

「俺もタイミングが良かったなあ、こんな美人と一緒に酒が飲めるなんて」

「ふふ、お戯れを」

「ま、食えなさそうなおヒトそうだけど」

やだもう三蔵法師ってこうも面倒臭い人間ばかりなの?そう言う意味ではあんたも人の事言えないと思う。だって私が胡散臭いと思うくらいだもの。そして三人で酒を酌み交わしながらゆったりと会話を続ける。
烏哭は時折……
本当に一年に一、二回現れるかどうかという確率で光明の元を訪れているらしい。
光明は煙草が切れたからと新しい物を取りに行っている間に二人きりとなってしまい、若干の沈黙が流れた後に烏哭が険呑な目でこちらを見て来た。

「───あんたみたいなのがあの人の近くにいるとは予想外だったが、あんたの目的は何だい」

「目的だなんて───ただ、私はあの人が此処にいれば良いと言ったからいるだけ。それ以上でもそれ以下でもないわ。
敢て言うなら、光明は私の好みの気を纏っているから心地好いの」

「ま、今はそう言う事にしておとくかな」

烏哭三蔵……ヤな男……。
それが第一印象として根深く残った。
出来ることなら金輪際会いたくないタイプだ。光明がいたからこそ、中和剤のような役目を果たしてくれたおかげで牽制し合うようなことにはならなかったが、あいつのあの獲物を狙うような目つきが気に入らない。


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