- 序章 -
03:金山寺滞在にて  


「この寺にいる間は貴女は【西刹院】と名乗りなさい」

「はい?」

「一応此処は寺院と言う事になりますからねえ。
女性の貴女を置いておくには同じ仏門の人間と思わせておいた方が弟子達にも都合が良いものですから。
あ、その額の紋様を隠す為にも、一応こちらの頭巾は外さないように。もしも外す時は額に包帯を巻くなりして隠して下さい。
此処にいる間は貴女は【西刹院】という尼僧で、遠方の尼寺から三蔵法師である私のもとへ説法を受ける為に尋ねに来たという設定でいきましょう」

「な、なんてでたらめな……」

「嘘も通せば真になるんですよ」

こんなのが三蔵法師で良いのか。
だが出て行くと言えばまたねちねちとした嫌味ったらしい論破が来るので黙って言う通りにしておく事にした。
坊さんのような俗世を絶ったような生活とは程遠いゴージャス生活を送っていた私(正確には妲己)が質素倹約、色即是空と言うような生活を送るには少なからず不安はあったが、光明はそれを逸した生臭坊主であった。
私の事情を知っているのは私を見つけたと言う江流という見習い坊主の少年だけだ。
それ以外には光明の付けた西刹院といういかにも尼僧らしい名前で通す事となった。
ついでに蛇足だが、院と言う法名を持つ者は寺院に貢献したとかで一般的に見ても地位の高い僧らしい。確かに日本の歴史にも出てくる高台院とか天璋院とか桂昌院とかは歴史上でも地位の高い女性の戒名だった気がする。此処ではどうだか知らないが。

「まあ、間違った事にならない為にも偉そうな名前の方が手を出しにくいでしょう?」

そこかよ。
まあ、確かに妲己の身体だから顔だけ見れば十人中十人が振り返るような美貌だし、尼装束だからゆったりとしてはいるが以前と同じようなボディラインを強調する様な服装だったら出る所は出てくびれる所はくびれているような肉体は禁欲中の男には相当毒だろう。

「ま、滞在中はボロが出ないようにそれらしく振る舞って頂ければ後はどうしようと構いませんよ〜」

これでいいのか金山寺。
私をこの寺に留めておきながら本人は今までの様にこの寺の住職としての生活を変わらず続けていた。
変わった所といえば、事情を知っている江流と言う少年と関わるようになったことくらいだろうか。
ぶっちゃけ、神も仏もない堕落生活だったからこの寺の真面目なお弟子さん方からすれば目を剥いてぶっ倒れそうだ。何て言ったって酒池肉林だったしね。

「光明さん、貴方は私に一体何をさせたいんですか」

「特にこれと言ったものはありませんよ」

飄々として言う光明にヒクリとまた口元が引き攣った。
表だって呼ぶ時は一応呼び捨てにはしないようにしているが心の中では敬称を付ける気すら失せた。

「三蔵様、宜しいでしょうか」

「何ですか」

「これは、西刹院殿もご一緒でしたか」

「はい。光明様にご説法を頂いていましたが、御用でしたら席を外しましょう」

一瞬で猫を被って坊主の好みそうな清廉で品の良さそうな女性の振りをすれば例え女であっても嫌な顔はされない。この短期間で学んだ事だ。
邪魔にならないよう、部屋を出れば肩の凝りをほぐすように肩を揉む。
ぶっちゃけ始終こんな堅苦しい雰囲気は苦手だ。

「あら、江流じゃない」

「……あんたか」

「口元が切れているわ。どうしたの?」

「あんたには関係ないだろ」

唇の端を切ったせいで赤く血が滲んでいる。
手巾を取り出して口元を拭ってやれば嫌そうに振り払おうとしたが一応女でもこちとら歳上だ。子供の力に負けるなんていうことはなかった。

「ま、知られたくないんなら余計な詮索はしないでおいてあげるけれど、やんちゃも程ほどにしなさいよ。
大怪我でもして心配するのは光明さんなんだから」

「お師匠様には言うなよッ」

「言わないわよ、こんなちっちゃな怪我くらいで。
それとも、痛がってぴーぴー泣いてたって言った方が良いかしら?」

「やめろ!」

おうおうクソ生意気な元気なお子ちゃまだこと。
頑張って虚勢張ってるあたりが可愛いなあ。
この子の光明好きっぷりは見ているだけで解る。他の兄弟子達よりも光明の傍にいるのを目にする事が多いからだろうか。

「ふふ、そんな心配しなくても大丈夫よ。
でも、気をつけなさいよ」

「……フン」

ぷぷ、強がっている子供ってなんでこんなに可愛いのかね。
私の周りにはいないタイプだったから尚更か。
思わず頭を撫でくり撫でくりしてやれば手を払いのけられた。

「子供扱いするな」

「ふっふ、私からすれば十分子供よ。
子供は大人に甘えとけ」

「俺は子供じゃない!
それに、甘えるなんてそんな弱っちい事出来るか!」

ありゃ、何かあるのかねえ。
まるで警戒する猫みたいだと思いながら逃げるように去ってしまった江流の後ろ姿を見送る。
ま、見ていて飽きないし暫くは江流をからかって過ごせば良いかなんて中々にゲスい事を考えていた。


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