- 仙女VS天女 -
04:保護者≒女狐  


立派な門構えの建物の前に顔を隠した黒装束の女が突っ立っているというのはいかにもな光景だろう。
これでも自他ともに認める傾国と謳われる美貌を持っている。まあ、これは妲己のおかげなのだが、今はこれが私の顔なのだからすんなりと受け入れている。利用できるものはなんでも利用するべきだろう。
門前には【忍術学園】と書かれた表札が掲げられ、此処が目的地だとすぐに解った。

「あれー、お客さんですかあ?」

「この学園の従業員の方ですか?」

「はいー。小松田と言いますー。あ、もしかして保護者の方ですかあ?」

のんびりとした口調とマイペースそうな態度にこれでも働いていけるのだからと思うと漸く十になったきり丸だが、てきぱきとしているうえに効率性を見いだせるきっちりとした性格は凄いと思えた。

「そう、なりますね。一応、この学園の学園長殿には先触れを出しているはずなのですが」

「あ、もしかして」

盛っていた紙をぺらぺらと捲ると「あ、あった」と呟いた。

「西刹院殿ですかあ?」

「ええ、そうです」

「アポイントは取っていらっしゃると言う事は聞いていたのでご案内致しますねー。あ、学園に入る際にはこちらの入門表にサインしてくださーい」

時代錯誤な横文字が普通に使われている事に違和感を感じるが、あくまでもとが二次元なのだからと突っ込みを入れるのをやめた。
言われた通りにサインを記入すると「それじゃあ付いてきてくださーい」と前を歩き始めた。かなりの広さを持つ敷地は確かに始めて来た人間ならば迷ってしまうだろう。
長屋作りの建物とは違う離れの庵に案内される途中、何処か遠くで猪脅しの音が聞こえた。

「学園長先生、面会のお約束されている方がいらっしゃいましたよー」

「小松田君か、通しなさい」

老齢なしわがれた声が中から聞こえ、障子をあけるとそこには一人の老人が坐っていた。
二足歩行する犬が座布団を敷いてくれたのでそこに座ると面と向かって話をする事が出来る体制になった。

「さて、お目にかかるのは初じゃしのう。
改めて、わしがこの忍術学園の学園長、大川平次渦正じゃ」

「こちらの学園の一年生のきり丸が母、西刹院と申します」

「こうしてきちんと話をするのじゃから、互いに顔くらいは認識出来るようにしても宜しいのではないかのう」

「これはわたくしなりの配慮なのですが……大川殿がそう言うのならば」

白頭巾の端を留めて目元以外の顔を隠していた布を外した。頭巾の下から現れた顔に、驚いたように眉が上がったのが良く解った。
何も知らない、免疫もないような男ならすぐに鼻の下を伸ばしてくるのだが、流石に老齢で色々と経験を積んでいるのだろう。すぐに元の態度に戻った。

「これはこれは、これ程に美しい母君をお持ちとはきり丸も鼻が高いじゃろうに」

「お褒めの言葉有難うございます。しかしわたくしはそのような世間話をする為に参ったわけではありません」

しゃんとした態度でそう告げると、学園長は「ふうむ」と息を吐いた。

「大方、見当はついていらっしゃるのでしょう。
わたくしはきり丸に学をはじめとする様々な事を教えて頂く為にこの学園への入学を勧めました。しかし、かの息子から帰ってくる文は苦痛や心労に絶えぬ事ばかり。何故かかような事となっているのか、ご説明頂きたく存じます」

「……保護者の方にそう言われれば、説明せぬわけにはいきませぬな。
ここ一月ほど前、この学園の敷地に天女が降臨あそばされた。
天女は貴女同様、とても美しい女人であった。
行くあてもないと言う事もあり、暫くの間この学園で保護する事となったのじゃが、その間に上級生をはじめとするこの学園の忍者のたまご達が次々と籠絡され、今や殆どの忍たまが天女の虜となってしまっておるのじゃ」

話を聞いていれば、どこぞの誰かと似ていると思ったが自分(と精神を共有していた妲己)だった。

「何故、そのような学園にとって有害にしかなり得ぬ者をいつまでも留めておくのですか」

「わしとて手を拱いておるわけじゃない。
この時代に慣れるまで、と言う約束で保護しておったが、そろそろ町で職を探してはどうかと勧めてはみたが、天女に絆されておる忍たま達がこの学園から天女を出す事を良しとせんのじゃ。無理にでも追い出そうとすればこの学園の内部事情を敵に持ち出さんとせん。故に、出そうと思っても出せなんだ」

それ本当に生徒か?と思ったがそこまで酷いとは思わなかった。上級生をはじめとしているのであれば、下級生であるきり丸にお鉢が回ってくるのは容易に想像出来た。
成程、それできり丸が悲しい思いをしなければいけないのか……ふざけんな小娘が。何が天女だ。

「その天女、というのはいかような人物なのですか」

「先程も言ったようにとても美しい容姿をした、【ヘイセイ】という遥か未来の日ノ本からやってきたと聞いておる。
目的を問うてみれば、この乱世を沈めるという使命を背負っておるとか言っておったかのう……」

なんだそれは。ヘドが出る。
平成と言えば私の懐かしい時代だ。それを聞いた瞬間、その娘が私と同じイレギュラーな存在だと言う事を理解した。伊達にトリップ(しかも妖怪の魂の中に取り込まれる形で)した先輩舐めんなよ。こちとらエグイ事しか目の当たりに出来ずに色々と擦り切れた結果こうなっちまったんだよ。
平和ボケした典型的【ゆとり世代】と言われそうな脳味噌海綿体の小娘なんぞに私の可愛いきり丸を髪の毛先程にでも傷付けた事を後悔させてやろうか。

「大川殿からすれば、その天女と言うのはこの学園にとって宜しくない存在と取っても宜しいのですね」

「このまま、一人前の忍者となる為に修練を積み重ねて来た六年生をはじめとする子らの努力を台無しにさせる存在とあらば、少々【考え】ねばなるまい」

そこで私はこの数十年で見に付けた【悪巧み】を思いついた。それこそ、漫画に出てくるような電球が一瞬光った様な軽い気持ちだ。

「だったら、わたくしも強力させてくだいまし」

だって、久々にこの加虐心に火が点いてしまったのだもの。
私も大概、妲己の悪影響を受けてしまっているようだが、これはある意味今回役に立つのだろう。
さて、さて、己にうぬぼれた小娘に本物の仙女の実力を見せてやろうかしらね。


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