- 序章 -
05:眠れない夜は  


夜の間は光明の計らいで私の寝泊まりする部屋の近くは誰も近付いてはいけないという事を言われているおかげか少しだけ気が楽だ。
暑苦しい頭巾を外せば踝まであるような長い髪が畳の上へと落ちる。質量保存の法則とかについては敢て聞かないのがルールだ。
静かな夜だからこそ聞こえた外からの音にこっそりと障子を僅かに開いて隙間から外を伺ってみれば、月夜に輝く金色の髪が見えた。
あの小ささで金色の髪を持つ人間をこの寺では一人しか知らない。
障子を開いてその子に声を掛ける。

「おいで、江流」

「…………」

いくら江流でも他の兄弟子達同様、夜この辺りに近付いてはいけないと言われているはずだから見つかればきっと何かしら言われてしまうだろう。
そう思い部屋へと招き入れるが、江流は相変わらず不機嫌な顔のままだ。

「どうしたの、もうこんな時間なのに、他の人達はもう寝ているでしょう」

「……別に」

おいおいそりゃあないんじゃないか。
まさかこの歳で夢遊病とかだったらどこぞのハイジだ。

「眠れないの?」

「…………」

この無言は肯定と取ることにしよう。
江流はまだ子供だ。私達のようにある程度無理が利く年齢になれば徹夜する事も出来るだろうが、江流程の年齢なら日中が辛かろう。
まあ、こんな子供が親元ではなくこんな寺院で坊主見習いなんてやっている時点で何かしら事情があると言う事くらい察しはついていた。
私は江流を抱きかかえると布団の中へと引き摺りこんだ。
言っておくが決して厭らしい意味ではない。

「なっ、放せ!」

「はいはい大人しくしようねー」

暴れる江流を抱きしめる事で大人しくさせると優しく背中をポン、ポンとリズムよく軽く叩く。
そして鼻歌の様な子守唄を耳元で歌ってやると少し大人しくなった。

「おやすみ、おやすみ、可愛い子……」

いくら強がっていようが子供は本来は人肌恋しい子供なのだ。
金色の髪からはほんのりと石鹸と線香の香りが混じったような匂いがした。
僅かに前の衣を掴む手に力が込められたのが感じられた。
ああ、この子はあの子に似ている……天君も似たような感じだった。
故郷から人質に出された可哀想な子を、妲己は慰めるようにして絡め取り、自分の集中に収めた。私は彼女と同じ事をしようとしているのかもしれない。けれど、この子を放っておく事も出来ず私はこの子にとって甘い言葉を囁く。

「大丈夫、大丈夫よ。
江流、私は此処にいるから安心してお眠りなさい」

さらさらの髪を梳きながら繰り返していると次第に瞼がゆるゆると下がり、すうすうとした穏やかな寝息が聞こえてきた。
まだ起きているつもりだったが、こうなっては私ももう寝ることにした。

翌朝、目が覚めた江流が起きた時の現状に驚き抜けだそうとしたががっしりと掴まれていて抜け出せずにいた。

「は、んな……むぐっ!?」

「んん、まだ早いよぉ」

他の僧達は既に目覚め始めている時間帯で江流もすでに出来上がっていた体内時計で目が覚めたのだろうが、夜明け寸前まで眠っている事が多い私はまだ寝ぼけたままだった。
思わず抱きしめた状態のままだったので自慢の豊満な胸の肉に江流を押し付けて黙らせてしまったのだが窒息する寸前に江流が自力で抜けだし寝ぼけていた私を一気に叩き起こしたのだ。

「ッんの!起きろ馬鹿女!」

「ひあッ!?」

突然耳元で怒鳴られた事で飛び起きたが窒息寸前だったせいか息が乱れている江流がいた。

「あ、おはよー」

「おはよー、じゃねえ!何でお前が此処にいるんだ!」

「あれ、覚えていないの?と言うか此処私の部屋。江流が私の部屋にいるのよ」

「な……ッ」

「うふふー昨日の江流可愛かったわよー。
自分から抱きついてきてねー」

「っるせえ!」

「あ、江流」

耳まで真っ赤にして出て行こうとした江流を呼びとめる。

「眠れないときはいつでも来ても良いわよ。
私は此処にいるから」

「……ッ」

息を飲んだように感じたが、その後江流は無言のまま部屋を出て行ってしまった。
さて、私もそろそろ起きて準備をしないとねえ。
髪を梳いてここ数日で少し板についてきた尼僧に扮して今日もまた一日が始まる。


<< 5/8 >>

[ TOP ]



A→Z