Aroma
「あー!来た−!」
屋上へ着くと、紀伊梨の明るい声と、未だ桜を巻き込んで吹くのを止めない春の風が、千百合と幸村を出迎えてくれた。
「おーす、お疲れ。理科だったんだって?」
「そ。ちょっと失敗しちゃって。・・・あれ?」
千百合と幸村は辺りを見回した。
1人足りない。
「春日は居ないのかい?俺達より先に向かった筈なんだけど。」
「え?来てないよー?」
「メールする?」
棗が携帯を開いた丁度その時、屋上の扉が再度開いた。
「す、すみません!遅れてしまいまして・・・!」
「あ!紫希ぴょん、良かった―!」
「今連絡しようかと思ってた所だよ。」
「ごめんなさい、本当に!」
「まあまあ。兎に角揃ったんだから、食べようよ。五十嵐が待ちわびてるしね。」
「ゆっきー、良く分かるね!」
「誰だって分かるわよ。・・・じゃ、」
頂きます、の声が5人分、屋上で響いた。
「いやー、お腹空きましたなあ!」
「ごめんなさい・・・」
「あ!違う違う、紫希ぴょんが悪いわけじゃないんだよ!」
「でも、遅れたのは良いけどなんかあったの?私より随分早く実験終わったでしょ?」
例え幸村の所に寄ったとしても、その幸村より遅いのは解せない。
待つのは構わないが、この大人しい友人がトラブルに巻き込まれたのではと思うと、話を聞かないではいられないのだ。
「ううん・・・実は、全然知らない人にお菓子をあげていたら遅れてしまいまして。」
「は!?」
「知らない人に?」
全然話が見えない。
「どういう事だい?」
「来る途中で、知らない男子に話しかけられて、お菓子を持っている事を言い当てられまして。何処の店か教えて欲しいと言われたんですけど・・・」
「まー、店も何もないよねー。お前が作ったんだし。」
「はい。そう言うと、すんごくしょんぼりされていたので、その・・・」
「それであげちゃったにょ?」
「はい、一切れだけ・・・」
事のあらましが分かると、4人は一気に雰囲気を緩ませた。
千百合だけは溜息を吐いたが。
「紫希はお人よし過ぎよ。」
「でも、悪い人ではなさそうでしたし。それに・・・私も入学式の時、丸井君にポッキーを貰いましたから。」
「ああ、そういえば貰ったと言っていたね。」
「そ!紫希ぴょんと私にね!」
「なんであんたが威張る。」
「まあまあ・・・兎に角、私あのポッキーが嬉しかったんです。丸井君にとって、私は全然知らない人なのに、って。だから私も、他の人に同じように喜んで貰えるなら、と思いまして。」
「で、ブンブン君にもお礼はするんでしょ?」
「はい、その内折を見て。」
「律義ねえー・・・」
思わず再度溜息が出る千百合。
こういう所は紫希の美徳だが、自分にはひっくり返っても真似できない所だ。
「ねえねえ!その子って、女子?男子?」
「あ、男子でした。」
「おおおマジか!?紫希ぴょんにロマンスの予感!?」
「いえ、そういう話では・・・」
「えー、でも男子って事はお菓子を口実にしたナンパ目的の線はあるんじゃね?」
「あんなエスパーをお使いになれるんでしたら、もっと良いナンパ方法が絶対にあると思います。」
「春日は一体どんな生徒にあったんだい?」
随分面白い出会いをしたものだね、などと思う幸村は、件の人物が部活を通して自分とかなり深い付き合いになる事をまだ知らない。
「お菓子ソムリエの様な人でした・・・見てもいないのに抹茶とホワイトチョコのお菓子だって当てましたし、食べたら砂糖を減らしている事も当てましたし・・・」
「最早スキルだねー、そこまでいくと。」
「どんだけお菓子好きなのよそいつ。」
「なんだかブンブンみたいな人だね☆」
みたいじゃありません、本人です。
「でもそっかー。紫希ぴょんのロマンスは始まんないのかー・・・」
「お菓子をたかられて始まるロマンスって何よ。」
「えー!?駄目!?ロマンチックじゃなーい!?甘い物が繋ぐ恋愛とか、もう想像するだに楽しそうじゃん♪」
「ふふふ。お菓子で始まる恋は素敵だと思いますけれど・・・私にはありませんよ。」
自分と恋してくれる男の子なんて。
紫希がそう思っている事は皆分かっていたが、誰もそれは言わなかった。
今自分達が否定しても、紫希の心には届ききらない。
何時か巡り会うかもしれないその人しか、自信過小な紫希に恋を教える事は出来ないから。
「・・・さて。じゃ、弁当も食べ終えた所ですし?」
「デザートのお時間ですねっ!」
「はい。大したものじゃないですけれど、どうぞ。」
ハンカチを開いて、屋上を満たす春の匂いに、抹茶の香りと歓声が混じった。
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