Encounter 1
保健室に、ピピッと小さな音が落ちた。
「36.5。平熱ね。」
「そうですか、良かった。」
「だから言ったじゃない・・・」
ちょっと不満げな顔で制服を着直す千百合に、養護教諭の先生は微笑んだ。
「でも、体調に気を配るのは重要よ。貴方たち1年生でしょう?環境の変化で熱を出したりする子も多いから。何かあったら来なさいね。」
「はい、有難うございます。」
「・・・はい。」
失礼しました、と2人で声を揃えて部屋から出ると、もう授業が始まっている所為で廊下は静まり返っていた。
「・・・ありがと、精市。ついて来てもらっちゃって。」
「そんな事良いんだよ。それより・・・」
「?」
「どうしてボーっとなんてしてたんだい?」
「・・・・」
どうしても何も、単にボーっとしていただけ。
・・・それだけなら、多分幸村は保健室に連れて行くまではしなかった。
何かある。
それが分かったから幸村はここまでしたのだ。
「・・・自分でも、分からないの。」
「・・・?」
「あの時、皆で話してて、その時・・・なんだか凄く大事な事を忘れてる気がして。」
「大事な事を忘れてる・・・」
「ううん、違うな。忘れてるっていうか、見落としてるっていうか。見逃しちゃいけない事を見逃してるような感覚があって、それで、なんなんだろうって。私何に気づいてないんだろう、って考えちゃって、それでつい。」
「・・・そういう事だったんだね。」
「うん。・・・なんなんだろう。今ちゃんと考えてみても、何にも思いつかないんだ。気のせいだったかも。」
「千百合、別に無理して気の所為だ、なんて片づける事はないんだ。」
幸村の恋人は、偶にこういう無理の仕方をする。
千百合の方を見ると案の定気まずげな顔をしていて、図星である事が見て取れた。
「でも・・・」
「理屈のつかない事を感じるのは、大事な事だよ。分からないなら分かるまで悩めとは言わないけど、逆に無理矢理解決する事もしなくていい。落ち着いて、じっくりやればいいんだから。」
(精市・・・)
そっと隣を見ると、大好きな人が優しい微笑みで自分を見ていた。
その笑顔に、千百合はさっき感じたもやもやしたものが、
段々成りを潜めていくのを感じた。
「何かあったら、なんでも頼って欲しい。
皆だって居るし、少なくとも俺は千百合の傍にずっと居るから。」
「・・・・うん。」
幸村は魔法使いなんだと、千百合は度々思う。
いつだって幸村はこうして、自分の世界を明るくしてくれる。
「・・・・えい。」
「・・・!千百合、」
千百合の右手がそっと幸村の左手を取った。
千百合は、こういう事は滅多に自分からしようとしない。
それだけに、された時は驚きも喜びもひとしお。
そっと隣を伺い見て、照れ臭そうに笑う彼女の笑顔が見られたら、もう。
「・・・ねえ千百合。ちょっとだけ、遠回りしないかい?」
「それは・・・」
「ね?本当に少しだけだから。」
「・・・しょうがないなあ。」
きっと紫希は心配してるだろうから、謝らないと。
そう思いながら、千百合の足は幸村を追って、曲がらなくて良い廊下を一回曲がるのだった。
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