Escape 1

「・・・・・」
「・・・あの、ご、ごめんねっ?何処でも良いって言うから、つい・・・」

可憐が行きたいと言い出した場所。
駅から電車に乗って移動し、其処から徒歩15分。

町中に小さいながらも、どこかずっしりとした、腰を据えたような重みを感じる古めかしい店。
の、ディスプレイから覗く、熊。

そう。
此処は超高級テディベアショップである。

「こんな趣味があったのか。」
「趣味っていうか、ほらっ!可愛いでしょっ?だから小さい頃から入ってみたかったんだけど、入れなくて・・・」
「アーン?入れねえとはどういう意味だ?会員制か?」
「あ、じゃなくて・・・壊すから、私・・・」
「ああ。」

超納得。
深く頷く跡部に、桐生はちょっとしょんぼりする。

「今迄も、何度か友達とかを誘ってきた事あるんだけど。でも皆、怖いからって中まで付き添ってくれなくって・・・」
「御託はもう良い。入るぞ。」
「ちょ!ちょっと待って、心の準備がっ!」
「アーン?お前が入りたいと言って来たんだろうが、ガタガタ言うな此処に来て。」
「ちょ、ちょっとっ!」

手首を捕まえられて、転げるように表玄関のポーチを上がり。

「A&E's House」と掲げられた看板の下を潜って一歩中に入ると、其処はもう別世界。

「わああ・・・・!」

古いアンティーク調の店。
其処の棚に並べられた、ベア・ベア・ベア。

こんなに沢山のテディベアは、生まれて初めて見た。

「す、すごいすごいっ・・・!凄いね、跡部く・・・跡部君っ!?」
「何だ?」
「何だじゃないよっ!触っちゃ駄目だよ、幾らすると思ってるのっ!?」

このご時世、ちょっと調べれば現地に行かなくても、店舗の基本情報くらいは分かる。
頑なに行かせてくれない両親に業を煮やし、ちょっと調べてみた可憐は目玉が飛び出た。

なんと。
最低価格20万円から。

20万円から、である。それ以上はあっても、それ以下は無い。
だからつまり、跡部が今何気なく手に取っているベアも、お値段としては可憐のお小遣い100年分。

「お前は何しに来たんだ?見て回りに来たんじゃねえのか?」
「見て回るだけで良いのっ!触る気はないのっ!もし何かあっても弁償できないよ・・・!」
「俺は出来るから良いんだよ。」
「そうかもだけど、うう・・・」

これが育ちの違いという奴だろうか。
まあ、高級な物を目の前にしてたじろぐ跡部ではないからこそ、付き添ってくれるかもと期待したわけなんだけど、堂々としすぎてて可憐は気後れが半端じゃない。

「お前も、見たいならさっさと見ろ。何時まで其処で固まってるつもりだ、アーン?」
「う・・・はい・・・」

促されて、ようやっと周りをじっくり見始める可憐。

高い物は怖い・・・と思いつつ、可愛いベアを見つめ続けていると、段々恐怖心は薄れていくもの。
落とさないか、汚さないかと心配していた心も、次第に触らなければ良い、見ているだけなら大丈夫、と大きな気持ちになって行く。

ちら、と跡部を見ると、ぬいぐるみなんて少女趣味な物、と思いきや、結構真剣に楽しそうに見ている。
ベアが、というより良い品を見るのが楽しいのだろう。

(えへへっ。来れて良かったっ・・・あ、このベア可愛いっ!)

そのベアは小柄で、ミニチュアのピアノを演奏しているポーズを取っていた。
ワンピースやリボンまでつけて、ちょっと着飾っているのが又芸が細かくて良い。

「わあ・・・・・」



「気に入ったかい?」



心臓が止まるかと思った。

「え!?うわ、と、あう、」
「落ち着け。」

慌てて振り向こうとしてバランスを崩しかけ、派手に転ぶ直前で跡部に支えて貰う事が出来た。

危なかった。
死ぬ所だった、金銭的に。

「あ、有難うっ・・・!」
「驚かせたかい、ごめんねえ。」

そう言ってニコニコ笑うのは、1人のお婆さんだった。
長い白髪をお下げにして、腰は曲がっているが口調はかなりハキハキしている。

「これはねえ、これをこうして・・・」

お婆さんはピアノ部分の蓋を開けた。
中にはオルゴールのネジが見える。

「音が鳴るんですか。」
「そうだよ。でも若い子は、この曲は知らないかねえ。年寄りでも知ってるのが普通とは言い難いからねえ。」

キリキリキリ・・・・とネジが回されて、軽やかで上品な音色のマーチが店に広がりだした。

「星条旗よ永遠なれ。良い選曲ですね。」
「おや、知ってるかい。良いだろう、行進曲というだけあって、歩きたくなる様さ。」

(私、知らないや・・・)

星条旗よ、永遠なれ。
アメリカの歌かな?とふんわり考える可憐の目には、暫しピアノを弾き続けるベアがにっこり笑っている。


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