Someday
「あははははは!あははははは!」
「もうっ!茉奈花ちゃんっ、私は真剣なんだよっ!」
「あ、ごめんなさい分かってるの!分かってるんだけど・・・あはははははっ!」
本日のドジの一つとして数学のワークを家に忘れたので、網代に借りようとして可憐は今網代の教室に居る。
その際世間話として今朝の話を振ったのだが、「自分はここぞな場面をきっと見逃す」と呟くと網代は大笑いし出したのだった。
「はーあ、おかしい!可憐ちゃん可愛いわ♪」
「・・・茉奈花ちゃん、私の事誤魔化してませんかっ!」
「誤魔化してないわよ。あのね可憐ちゃん、心配しなくても良いの。そんな場面、普通の人は見逃したりしないから、ね?」
「でも私、」
「良い、可憐ちゃん?大事な物を忘れるのは、ドジな人のやる事よ。」
言いながら網代は数学のワークを手渡す。
「でも大事な場面を見逃すのは、ドジな人のやる事じゃないわ。心の鈍い人のやる事よ。」
「心の鈍い人っ?」
「そう、心の鈍い人。可憐ちゃんは確かにうっかりさんだけれど、別に心が鈍い訳でも感受性が弱い訳でもありません!大丈夫よ。」
「そうかな・・・?」
そうなんだろうか。
イマイチ実感としてピンと来ないけど、網代に自信満々に言われるとそうなのかもと思えて来るから不思議だ。
「2人共、お疲れさん。」
「あっ、忍足君っ!」
廊下の向こうから忍足が歩いてきた。
忍足も移動教室の途中なのだろう、片手に生物の教科書などを一式持っている。
「あら、おいでなすったわ心の鈍い人が。」
「ええっ!?」
「よう分からへんけど、俺何かしたやろか。」
何故通りすがりに心が鈍いとか言われなければならないんだろうか。
喧嘩を売られる覚えも無ければ、心が鈍いとか言われる覚えもないぞ。
「可憐ちゃんは侑士君みたいになっちゃ駄目よ?それこそ見逃しちゃうわ、うっかりさん、じゃ済まない大失敗になっちゃう。」
「えええっ!?そんな事ないよっ!ねえっ、忍足君っ!」
「ごめんやねんけど、全然話見えへんから説明してくれへん?」
「あああ、ごめんっ!ええとあの、七夕の話でっ!」
「七夕?」
「其処から恋のお話になったのよ、ね?ここぞという時に動くのは大事な事だけど、自分はドジだから、って可憐ちゃんが。」
「うん・・・私ドジだから、ここぞっていう時になっても今がその時だって分からないんじゃないかなあって。」
「だから私言ったのよ。可憐ちゃんは大丈夫だから、って。そういう失敗しちゃうのは、心の鈍い人だものね。」
つまり、自分はここぞという時を逃すタイプの人ですと言われていたわけだ。
どっちにしろ酷い話。
しかし、かといって。
「そんな事ないってばっ!ねえっ、忍足君っ!」
「・・・んん。」
こう手放しで「違うよ!忍足君はちゃんと出来る人だよ!」と言われると、それも何かちょっと肯定しづらい。出来る人でありたいのは確かだけど、実際出来るのと言われると自分の事だけに、勿論だ任せとけとは軽々しく言えないのであって。
「可憐ー!借りられたー?あっちのクラスも持ってるっぽいけどー!」
廊下の向こうの方から、伊丹の声が聞こえてきた。
戻りの遅い可憐に、借りられてないんじゃないかと心配しているのだ。
「あっ、瑠璃だっ!ごめんね茉奈花ちゃん、じゃあ借りるねっ!有難うっ!」
「どういたしまして♪私、今日はもう使わないから返すのはいつでもだいじょぶよ?」
「はあいっ!忍足君も、又部活でねっ!」
「ああ、ほんなら後で。」
たーっと走って行く可憐の背中に、又転ぶぞと思っていたらやっぱり体勢を崩すのが小さく見えた。もう近くまで来ていた伊丹が助けるのを見て、ふうと安堵の溜息が漏れる。
「・・・で?」
「ん?」
「俺は出来へん人なん?」
「そう、ね。私はそう思ってるわ。」
ハッキリ言う。
ここまでばっさり言われると、逆にちょっと笑えてくる。
「あら、なあにその苦笑は。」
「それなりにショックやねん。心の鈍い人て初めて言われたわ。」
「そうなの?意外ね、もっと色んな人から言われてると思っていたわ。」
「・・・茉奈花ちゃん、なんや怒ってへん?」
気のせいかもしれないが、何か今日の網代は手厳しくないだろうか。
知らない間に地雷でも踏んだかななんて心当たりを探る忍足に、網代はくすっと微笑んで苦笑を返した。
「怒ってないわよ〜。ただ、この位の事を言われるのは想定内でしょ?」
「何の話?」
「だって侑士君、「心の鈍い人のフリ」をしてるじゃない。」
これは忍足の得意技だと網代は思っている。
知らないフリ。
分からないフリ。
バッターボックスに立っても、打ちたくない球は迎え撃たないで無視する。打てても関係なくスルー。
見逃し。
見逃し。
見逃し。
でも要領は良いから又バッターボックスに立つ事が出来て、以下繰り返し。
「選球してるって言えば聞こえは良いけど、もうちょっと選んでます感を控えめに出来ないものなの?」
「そないに気に入らへん?人生て選択の連続やねんし、それは誰かてそうやろと思うねんけど。」
「・・・・・」
「茉奈花ちゃん?」
これは忍足の言う事が正解である。
そう、誰であっても人生とは選択の連続。
それを意識的にしてるか無意識的にしてるかの違いくらいしか違いは無くて、どんなに本能で動いていてもやっぱり心の何処かで取捨選択しているのである。
ただ。
忍足は偶に思考を忘れてしまう。
それは打たない方が良いって頭で分かっている球を、忍足はちょくちょく打ちたいという本能に負けて打っている。
それを日々見せられている網代の面白くなさに忍足は気づいているのだろうか。
(・・・いや、多分そこまで気づいてないわね。)
まあ気づかれるとそれはそれで困る。
予定が狂うから。
「茉奈花ちゃん、どないしたん?」
「いーえ!良いわ、私もちょくちょく外していこうかな。」
「???」
網代の言うことは大体分かる忍足だが、偶にこんな風に分からない時もある。
それが分かった時忍足の世界は又ちょっと広がるのだが、どういう方向に広がるのかは忍足にも分からない。
だから網代は今日も教えない。
何も。
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