Rare holiday 1
「嫌な感じ、ね。」
「えっ?」
幸村が一足先に店を出て行き、その背を見送りながら網代は言った。
「えっ?えっ?幸村君がっ?」
「そう。あ、別に彼が悪いわけじゃないわよ?そういう意味じゃなくて、隙が無くて嫌になっちゃうわ、って意味。」
「隙?」
「そう。立海の方が地力はあると思われてるんだし、もう少し油断してくれても良いと思うんだけど、ね。締まり過ぎてて、ちょっとずるいわよあれは。」
敵に対する油断。勝てるだろうという侮り、甘い見通し。
そういうものが実戦で如何程足を引っ張るか、嘗てプレイヤー側だった網代はよーく知っている。
食らいつく穴があるとすればそういう心理的驕りの部分しかないと踏んでいるだけに、さっき少しやり取りしてみて、あくまで手を抜く気は一切ないという空気が分かったのは痛かった。
「どっちかというと、人の事下に見がちなのは部長様の方なのよね〜。」
「あはは・・・でも、跡部君の良い所でもあるよねっ!なんていうか、いつも勝ち気っていうかっ!」
「まあ、ね。確かに臆病さと無縁だっていう表れでもあるから、それは良い事だけど。でも、良くも悪くもトップの意識っていうのは下に伝染して行っちゃうものだから。」
「えっ!?皆が跡部君みたいになっちゃうって事っ!?」
「それは極端としても、試合に対する心構え的な物は多かれ少なかれ影響されちゃうでしょうね。立海は結構内向きの空気を大事にするというか、立海という学校に恥じないようにみたいな所があるけれど、うちはどっちかというと外向きで、相手を威嚇して雰囲気ごと圧殺するみたいな所があるから。」
「ああ・・・」
跡部は兎に角空気を支配したがる傾向があるのは可憐にも分かる。
コールは派手だしゲームメイクも派手だし、相手を煽る事に躊躇いが無い。
自分達は強いのだ、とチームで互いに確認する事で心理的優位に立つのが立海なら、相手に対してお前らは俺達より下なんだぞと叩き込んで行くのが氷帝のやり方だ。
目の前の敵は自分より上か下か。
常に上下の関係を意識するのは、氷帝の部活の中の基本スタイルでもある。
「ま!単純に跡部君の好みとして、敵に向かって謙虚なのが性に合ってないだけなのかもだけど、ね?」
「あははっ!そうだね、確かに大人しい跡部君って想像がつかないかもっ!」
「そういう意味では、侑士君みたいなタイプが近くに居てくれるのは助かるわ。チームバランスとしては、ああいう性格の部員が1人は居なくっちゃ、ね。」
ぴく、と可憐の浴衣を選ぶ指が止まる。
今か。
今じゃないのか、相手の目の前で褒めてポイントアップ効果を狙うのは。
(あ、で、でも待ってっ!この場合茉奈花ちゃんがもう褒めてるわけだから、同調じゃなくて何か広げ気味に違う事を、)
どうしよ、どうしよ、どないしよと止まっている間に網代は話を続けてしまう。
「うちは副部長が居ないから所謂No.2的存在に欠けてるけれど。でも侑士君みたく理論で人にストップをかけられる同級生が居るっていうのは、あのイケイケドンドンになりがちな部長様には大きな財産・・・可憐ちゃん?」
「あのっ、あのっ、あのうっ・・・」
「?」
「お、忍足君って素敵だよねっ!」
キョトン。
な顔で、浴衣を手にしながら目を丸くする網代。
(・・・・ああああっ!しまったっ!しまったっ!今の褒め言葉は唐突過ぎて変だよねそうだよねっ!)
今、忍足の部活の中での立ち位置と有能さについて話が続いていたのに、褒めないとと思うあまり全然関係ない褒め方になってしまった。
いけない。これはわざとらし過ぎておかし過ぎて逆に悪手。
「あははっ!なあに可憐ちゃん、急にどうしたの?」
「いや、あのっ!違う、違わないんだけど、そうじゃなくて、そのうっ!」
「あ、良いのよ続けてくれて?私、人の惚気は大歓迎派だから♪」
「違うのーっ!」
あのな、ちゃうねん、と言い募れば言い募るほど言い訳にしか聞こえないこの悪循環。然りとて本当の事を言うわけにいかないし。
ああもう、なんで自分はこう、いちいち空回るんだろうか。
「あ、そうそう。」
「茉奈花ちゃん、そうそうじゃなくて聞いてっ!あのね、」
「あら、聞いてるわよ?ほら。」
「だからーーーえ?」
「ぴったり♪よく似合うわ!」
網代は一着の浴衣を可憐に当てて、満足げに頷いていた。
「やっぱりこの辺が合うと思ったのよ、ね。若しくはこれとか〜。あ、これも良いわね、ちょっとこの辺の柄に一工夫ある感じが。どう?可憐ちゃん?」
「え?あ、ええと、ええとっ!」
浴衣買いに来ておいてこうなるのもアレだが、今完全に頭の中から浴衣の話が抜けていた可憐。
そうしている間にも網代は手早く、これもあれもとどんどん出してくる。
半分パニックになりながらも並べられていく品を見ていくと、その内の一着が目に留まる。
「あ、これ・・・」
「それが良い?」
「うん、可愛いっ!」
「なら、帯はこの辺の色が・・・あっ!いえ、これにすべきね!」
「どうしてっ?私こっちの色でも良いかなって思うけど・・・」
「こっちにした方が、帯留めと浴衣に緑系を使えるわよ?」
「?」
だから何だと言うのかね、な顔の可憐に網代はウインクを飛ばした。
「侑士君は鶯色が好きだから、どうせならそれに合わせた方が良いんじゃない?ね♪」
「合わせっ・・・いや、良いよっ!良いよっていうか、違うって言ってるのにっ!」
おっほっほっほ、なんて笑う網代は明らかに面白がっている。どうしてこうなるんだろう、全然狙った方向に話が向かっていない。
可憐は赤い顔で、網代が進めなかった方の帯をサッと手に取った。
「私こっちにするっ!こっちが良いっ!」
「えー?それも良いけど緑とはちょっと相性が、」
「良いのっ!」
もうここまで来るとこの話早く終わらせて仕切り直したい。
場を流す事に一生懸命になる可憐に、網代は
ちょっと考えた。
「・・・じゃあ。」
「?」
「この帯は私が買っちゃお、かな。」
(え、)
「そうなると、そうねえ。帯と下駄が鶯色でしょ?とすると、髪色も考えて浴衣のテイスト的にはこの辺が妥当かな?こっちの柄も良いけど、こっちも冒険してる感じで良いわね!ね、可憐ちゃん。・・・可憐ちゃん?」
「えっ、」
「可憐ちゃん的に、どっちが私に似合うと思う?」
「えっ、あっ、ええと、」
どっちが似合う。
どっちが網代に似合う浴衣か。
聞かれてる事もどうしたら良いかも分かるのに、可憐の脳みそは不思議と今働く事を放棄してしまって、あまり身を入れて考えられない。
「ど、っちも良い感じじゃないかなっ?」
「うーん、でも2着は買えないからどっちかにしなくちゃ。ううん・・・迷うわあ。」
「・・・・・」
トク、トク、と心臓が何故か波打つ。
いや、これはきっとアレだ。
上手く話が転がらないとあくせくしていた所に、思いがけず急に狙った方に話が向かい出したから、ちょっとそれでびっくりしただけだ。
今の話の流れからのこの展開という事は、網代はそれなりに忍足の事を意識して浴衣を選ぼうとしてくれてる。
それは良い事だ。というか、自分が目指すべき所であり、歓迎するべき成り行きだ。
そう、だから此処は喜ぶ場面。
の、筈。
「可憐ちゃん!」
「!は、はいっ!何っ!?」
いけない。
ぼーっとしてた。
「え?何っていうか・・・選び終わったから、アクセの方に行かない?と思ったんだけれど。もう少し選ぶ?」
「う、ううんっ!行こう行こうっ!ごめんね、ちょっとぼんやりしてたっ!」
「?そう?」
いけないいけない。
こんな事じゃ。
ちょっと頭(かぶり)を振りながら、可憐は巾着選びに足を運ぶのだった。
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