My narrative
「36.5分。平熱ね。」
保健室で養護教諭はあっさりとそう言った。
そりゃそうだろう。それは可憐が誰より分かっている。
「でも先生、」
「ええ、顔色が悪いのは本当だわ。休んで行きなさい。」
「はーい・・・」
そんなにだったのか。
いや、この場合は追い返されなくてラッキーだったんだけど。
「じゃあ、俺はもう行くから。」
「うん、有難うっ。」
「桐生さん、ベッドはここを使って。今は誰も居ないから静かだけど、一応窓際の方が明るいし気分が晴れるでしょう。」
「はい、有難うございます・・・」
靴を脱いでベッドに横になる。
カーテンを閉めるといい感じに眩しい日差しが和らいで、落ち着く明るさになった。
「・・・・・・」
ぼうっとジプトーンの天井を見つめて、可憐は思考の奥へ潜り込んでいく。
授業中だとそれがちょくちょく引き戻されるが、ここではそれはしなくて良い。
遠慮なく自分の心の深くに辿り着く事が出来、その一番底にあった一言が喉の奥から溢れ出た。
「・・・・どうしよう。」
どうしよう。
どうしたら良い。
可憐が一番困っているのはそれだった。
チャンスはまだある。
でも勝算がない。勝てるビジョンが全然見えない。
どうしたら良いのか分からない。
勝ち方が分からない。
それは引いては次も負けると決まってるようなものという事になる。
座して敗北を待つような真似は嫌だ。
でも座していなくても負ける気がする。
負けるとわかっていて挑むのは嫌だ。
でも勝ちの目がどこにも見えない。
もうあんな風に負けるのを見るのは嫌だ。
でもまたあんな風に負けちゃうんだろうなと、心のどこかで決めてかかっている。
いや、これは思い込みじゃない。
最早可憐の中で確信に近い。
どう頑張ったって立海には及ばないのだという、あまりに惨い現実。
でも、その惨い現実を完全に割り切って受け入れられてるわけでもない。
もしかしたら次はと思いたい気持ちもあるし、もしかしたらなんてそんな都合の良いこと当てにしてどうするのという冷静な気持ちもある。
今までの苦労なんて全部無駄だったんだという投げやりな気持ちもあるし、そんな事ない今からでも遅くないよという希望を持ちたい気持ちもある。
落ち込んでたってどうしようもないよ前を向かなくちゃという正論を考える気持ちもあるし、今疲れてるからとてもそんなの無理だよしんどいよという弱音を吐きたい気持もある。
もう色々矛盾だらけでぐちゃぐちゃだ。
そのぐちゃぐちゃを一気に解決する手段は一つだけ。
勝つことだ。
「桐生さん?」
ハッとして現実に意識が戻った。
それと同時にカーテンを開けて、先生が顔を覗かせる。
「は、はいっ!」
「あ、起きなくて良いのよ。先生これからちょっと職員会議で出てくるから、誰か来たらそう言っておいて。でも、緊急の時は悪いけれど内線で連絡をお願いね。」
「わかりましたっ!」
もしかして重病人が来たら、職員室まで駆けなくてはいけないかもと思った可憐はホッとした。そんな時に迷子になってる暇なんてないし。
それから間もなくガラガラピシャンという扉の開閉音が聞こえて、可憐は本当に一人になった。
「・・・ふうっ。」
一旦起こした上体を又倒した。
考えても答えが出ない事を考え続けていると、心なしか脳味噌が重くなってくる気がする。
もう寝ちゃおうかな。
アラームとかかけて。
どうせさして眠れはしないんだし。
とか思ってスマホに手を伸ばした時だった。
ガララ・・・と引き戸の音がした。
「えっ、」
可憐は急いで上体を起こした。
もう客(という言い方も些かおかしいが)が来たのか。
まずいぞ、誰だ。誰というか、どういう状態の人だ。内線はどこにあったっけ。
軽くパニックになる可憐に、カーテンの向こうから落ち着いたトーンの声がかけられる。
「・・・可憐ちゃん?そこに居るん?」
「えっ?あ、あれっ、忍足君っ?」
とうとうベッドから足を下してカーテンを開けると、目の前に忍足が居た。
「どうしたの忍足君っ?どこか悪いのっ?」
「いや、悪い言う程やあらへんよ。さっき技術の時に棘指に刺さってもうて、抜こう思うてきただけやし。」
「あっ、そうなんだっ。」
それなら緊急事態というほどでも無い。
可憐はホッとした。
「可憐ちゃんこそどないしたん?寝てるいうことは、熱でも・・・」
「ううんっ!平熱平熱っ!何でもないよ、何でもないんだけど、その・・・」
「その?」
「・・・ちょっと、精神的にしんどくってっていうか・・・」
病は気からという言葉があるが、今の可憐は正にそれ。
考えすぎて、しかもその考えていることが重い上に嬉しい事でもないせいでドンドン心が辛くなっていき、それが顔色に表れる。
「せやな。顔色は良うないわ。」
「うん、クラスの子にも言われた・・・」
「・・・負けたのが尾を引いてるん?」
忍足は可憐がカーテンを開けたのを受けて、毛抜きを探し始めながら話を続けた。
その背中を見つめながら、逆に忍足は今平気なんだろうかと思った。
「・・・負けた事っていうより・・・」
「より?」
「これから先、どうしたら良いんだろうっていう・・・」
「ああ。」
毛抜きを見つけながら忍足は納得の声を出した。
そっちか。成程ね。
「忍足君はどう思うっ?」
「せやな・・・・取り合えず、何をどないするにしても時間がもう足らへんわ。」
それは可憐も思っていた。
全国大会まではまだあると言っても、もう一月もない。
何かを新しく始めるには遅すぎる。
「現実的に勝つ方法を模索する言うたら、やっぱり・・・」
と忍足が言いかけたところで、廊下から更に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「おい!しっかりしろって・・・くそ!はあ、重て・・・」
「・・・話の前に手伝おか。」
「そうだねっ!」
廊下に出るとやっぱりというか予想通りというか、体操着姿の芥川を背負った、同じく体操着姿の宍戸が辛そうに保健室に向かっていた。芥川はそう特別重い方で無いとはいえ、全体重遠慮なくかけられた状態で長距離移動は大儀なのだろう。
「宍戸、手伝うで。」
「大丈夫、宍戸君っ!」
「あれ、お前らなんで・・・いやまあ良いや、取りあえず此奴なんとかしてくれ!」
「zzzzz・・・・」
あらゆる事を意に介する事無く、今日も芥川は健やかに眠っている。
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