100話記念企画 No.011
なんて話をしたからだろうか。
部活の時に、ふとひな祭りの事を思い出したのは。

(茉奈花ちゃんってああいう替え歌知らなさそう・・・)

「ふう、一段落と。可憐ちゃん、ちょっと休憩しましょ・・・どうしたの、可憐ちゃん?」
「ねえ茉奈花ちゃんっ。茉奈花ちゃんはひな祭りの思い出って何かあるっ?」
「ひな祭り?」
「うんっ!今日クラスでその話になったのっ!えへへ・・・ちょっと時季外れなんだけどねっ。」

網代は一瞬目をパチクリさせたが、すぐにうーんと唸って記憶の引き出しを開ける作業に取り掛かってくれた。

「そうね・・・私の一番のひな祭りエピソードと言えば、あまりかっこいい話じゃないけれどケーキ屋巡り事件かしら?」
「ケーキ屋さんっ?」
「そう。ほら、見たことないかしら?ひな祭りの時期って、菱餅にあやかってひし形のホールケーキが出回るでしょう?」
「ああっ!そうだね、出るよねっ!」
「ね?小さいころの私はあれが楽しみで楽しみで・・・完全に気分の問題なんだけれど、丸のホールケーキよりあのひし形のケーキの方が美味しいと思い込んでいたのよ。」
「あっ、でも分かる気がするよっ!」
「そう?分かってくれる?嬉しいけれど、残念ながら私の両親は可憐ちゃんほどちゃんとわかってくれていなかったわ・・・そしてその結果・・・」
「・・・まさかっ!」
「そう!ケーキを当日買いに行った時には、もうひし形のホールは売り切れていたのよ!」

そんな大層なと今でこそ言われそうだが、勿論これは網代が幼少のみぎりのエピソードである。幼児にとってケーキという食べ物が如何に貴重で重大なことか。

「そ、それでどうしたのっ?」
「あんまりにも私が嫌だと泣くものだから、ママが車を出してくれたわ・・・そして別のケーキ屋へ行ったの。」
「わざわざ?」
「ええ。まあママも他所へ行けばあるだろうと高を括っていたのね、今にして思うに。」
「・・・まさかまさかっ!」
「お察しのとおりよ・・・2軒目を回り3軒目を回っても、ひし形ケーキにはありつけなかったわ。おまけにケーキ屋のおじさんから、今日はもう予約してないと選ぶ余地はないんじゃないかとダメ押しされる始末。勿論、2週間前から楽しみにしていた4歳の私にそんな聞き分けがあるはずもなく、ケーキ屋で泣き喚き続けたわ。」

(泣き喚く茉奈花ちゃんとか全然想像出来ないなあ・・・)

「結局見つかったのは8件目だったかしらねー。」
「そんなに回ったのっ!?」
「ええ。多分ママとしても半分意地というか、途中からきっと「ここまで苦労したんだから」的な気持ちがあったんだと思うわ。」
「それにしたって・・・!」
「ふふふっ!まあそんな感じかしら?色々思い出はあるけれど、忘れられないという意味ではやっぱりこれね。」

そりゃあ忘れられなかろう。
親も多分忘れられないと思う。

「何か盛り上がってんな!何の話してんだ?」
「あら向日君、丁度良いところに!」
「あのねっ、今ひな祭りの思い出について話してたんだよっ!」
「ひな祭り?」

予想外の話題に向日もキョトン顔になる。

「そうっ!向日君、何かあるっ?あ、でも向日君は男の子だから・・・」
「いえ!確かお姉さんが居たはずよ、そうでしょ?それ絡みで何かあるんじゃないかしら?」
「おー、あるぞ!ま、一番覚えてる事は姉貴がらみじゃねーけど。」
「あら、違うの?」
「何何っ?」
「んー、俺の家の雛人形ってさ、でけーんだよ。」
「そうなのっ?」
「そう。お雛様とお内裏様どころかその下までずーっと続くんだぜ。10段くらいある。」
「それは大きいわ・・・」
「だろ?で、だ。そこまででけーと、もう完成すると俺の体よりでかいじゃん。小さい頃なら尚更。」
「そうだねっ。」
「・・・って、ちょっと待ちなさい。まさか、」
「そ。登った。」
「「危ない!」」

勿論、雛壇なんて階段みたいなのは見てくれだけで、強度は人形を支えるくらいのものでしかない。

「それでどうなったのっ!?」
「落ちた。一番上から。」
「「落ちた!?」」
「落ちるつもりじゃなかったっての!何かあの、赤い布みたいのが敷いてあって、それで滑ったんだよ。」
「毛氈ね。」
「で、でも良く無事だったねっ!」
「無事じゃねーよ。」
「「え?」」
「もう殆ど見えねーし髪に隠れてっけど、この辺!この辺切って、病院行って縫ったんだよなー。4針くらいだっけ?」
「うーん、男子ならではのエピソード、ね。」
「ダイナミックな話だねっ!」

今でこそ笑い話だが、当時の向日家は上を下への大騒ぎになった。
とかく頭部の出血というのは血の量が派手で、もうそれだけで怖い。

「皆色々あるんだねっ。」
「侑士君辺りにも聞いてみたいわ、ね。」
「あ、俺聞いたことあるぜ!」
「「え?」」
「一番の思い出かどうかは知らねーけど、ひな祭りの時の話!えーと5才の頃っつってたっけ?その時ーーーー」

「そこまで。」

きゅ。
と向日の口を塞ぐ右手。

「忍足君っ!」
「あら、侑士君。お疲れさま。」
「お疲れさん。」
「む”−!む”−!・・・ぷは!何すんだよ、侑士!」
「余計なこと言いかけるからやで。」

かるーく抑えてるように見えてなかなか結構な力で抑えていた忍足。それはそのまま、知られたくないとどれほど思っているかのバロメーターでもある。

「あら、秘密の香りが。」
「せえへん。」
「じゃ、じゃあ教えてくれるのっ?」
「それもせえへんけど。」
「ええー!言いかけたのにそんなのってないわ!」
「俺が言いかけたんとちゃうやん。」
「でも気になるようっ!」
「良いわ、可憐ちゃんこうしましょう!ケチな侑士君にはもう聞かないわ、向日君に聞けば良いのよ!」
「え、俺!?」
「岳人、喋らへんやろ?」
「え、」
「喋らへんやんな?」
「・・・・・・・はい。」
「「えー!」」
「しょーがねーだろ、侑士が言うなって言うんだからよ!」

そこで口止めにちゃんと従うのは、偏に向日が忍足の親友だからである。
とはいっても、友情故ではない。親友であるが故に、忍足と向日はお互いにお互いの「誰にも言っちゃ駄目だよ」エピソードを既に幾つも語り合っているのである。
だから口止めされたのなら従わないと、今度は自分がそっくりそれを返されるのだ。

「おい、忍足に向日!ストローク練習だ、集まれ!」

「あ、おう!」
「ほんなら。」
「あ、うんっ!行ってらっしゃいっ!」

ああ聞きそびれた。
凄く気になる成り行きだっただけに残念だなあ、とため息を吐く可憐。

そしてその逆。
溜息で収まらないのが網代。

「逃がさないわ・・・」
「えっ?」
「あそこまで聞いておいて真相を突き止めないではいられないわ!可憐ちゃん、行くわよ!」
「えっ?えっ!?行くってっ!?」
「勿論調査よ!真実を突き止めるの!」
「ええええっ!?」



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