100話記念企画 No.068


優しいことに加地は授業中にちゃんと自主練の時間を用意してくれていた。

ただ、その時間だけしか練習しないとなると合格はできるかもしれないが良い点は取れない。やはり、時間外の自主練習が必要である。

なので、柳生は早速次の日の昼休みに音楽室に行った。

「・・・おや?」

電気がついてる。

(誰か居ますね。一体誰が、)

「ふんぐっ!」

「うにゅっ!」

「ほりゃっ!」

「んぎぎ・・・」


「・・・・・」

まだ扉を開けてないけど、開ける前からもうわかる。

「・・・五十嵐さん。」

「ほえ?あ!やーぎゅ!やーぎゅだ、やっほー!」

中に入ると、珍しく一人の紀伊梨がお出迎えしてくれた。

「こんにちは・・・おや。五十嵐さんもギターの練習ですか?」

紀伊梨が手に持っているのは、いつものエレキではなくて学校のアコギ。

「うん!今度テストがあるかんねっ!」
「そうでしたか、私もそうなんです。」
「おー!じゃあじゃあ、一緒に練習しよーよ!」
「はい。是非ご一緒させて下さい。」
「やたー!」

ガン!

紀伊梨の持っているアコギが、楽譜を乗せた机にぶつかった。

「とわ!ととと・・・ふー、あむないあむない。あーん、ペグが回っちったー!チューニングチューニング!」
「気を付けて下さい、学校の備品ですよ。」
「みゃーい・・・」

言いながら柳生も一番近いところにあったアコギを手に取った。




紀伊梨はエレキが大の得意である。
だからさぞかし練習も捗るだろう、と勝手に柳生は思っていたふしがあった。

全然そうじゃなかった。

「ぬぬぬ・・・」

ゴン。

「ほっ、ほっ、とわっ!」

ガン!

「ふんにゅぐぐぐぐ・・・・」

「・・・五十嵐さん。」
「うにぇ?」
「もう少し静かに出来ませんか。」

気が散るどころの騒ぎじゃない。
弾き語り練習だからギターの音と歌声は良いが、さっきから聞こえてくるのは奇声。それとギターと机がぶつかる音。

「何故そんなに煩いのです・・・いえ、音楽の練習ですから物音は仕方がないとしても。」
「えー、だってー!」
「そもそも・・・それほどよく知りませんが、普段からギターを弾いておいででしょう?何をそんなに苦労していらっしゃるのです?」
「指がちんどい!」
「いつもそうでしょう?」
「いつもと違うよー!紀伊梨ちゃんのギターはもっと糸細いもん!」

エレキと違って、アコギの弦はテンションが強い上に太い。
だからきっちり力を入れて抑え込まないとちゃんとコードが弾けない。力の弱い女子には結構土台からして不利。

「くのっ!くののっ!ここのDコードが・・・!」
「そうなんですか。思っていたより大変そうですね。」

もっと楽なのかと思っていた。いや、エレキもやってない人に比べたら楽なんだろうが、それでも。

「しかし、それにしても楽器を机にぶつけるのはどうかと思いますよ。」
「だってー!覗き込まないと見えないしさー、でも机に近づくとぶつかるんだもん!」
「普段からそうなのですか?」
「うーうん!だって普段は紀伊梨ちゃんが曲作ってるもん、覚えてるから良いんだお!」

そうだった。
なまじ天賦の才を持っているが故にこういう弊害が出ているのだ。

「いえ、しかし・・・ああ。」
「うにょ?」
「五十嵐さん、少々お待ちを。音楽準備室に確か・・・」

普段滅多に立ち入らない音楽準備室を見回すと、あった。
お目当てのアレ。

「五十嵐さん、これをどうぞ。」
「お?何それ?」
「これはですね、こうして、ここを伸ばしてここを締めてこうすると・・・」
「・・・・おおおお!」

柳生はてきぱきと紀伊梨の目の前で譜面台を組み立てて見せた。

「そして、ここに譜面を置いておくと。いかがですか?これならわざわざ覗き込まなくとも良いでしょう?」
「うん!わー、紀伊梨ちゃん譜面台なんて初めて使ったよー!何かあれだね!かっこいいね!」
「譜面台がですか?」
「うん!何かこー、きっちりしててかっこいい!って感じ!」

紀伊梨にとって、お行儀よく譜面台に楽譜を置いて演奏・・・とかいうのはクラシックとかブラスバンドとか、そういうきっちりした音楽のイメージなのだ。
エレキで演奏するロックやポップに譜面台なんて普段使わない。

「何にせよ、お気に召したようですね。それなら私も練習の続きを、」
「ちょい待ーち!」
「はい?」
「やーぎゅの譜面台は?」
「私は要りません。覚えていますので。」

そもそも、今回のテストは覚えるだけならいとも簡単なのだ。
弾き語りといってもサビの部分だけ、しかも楽譜には一応色々書いてあるが実際に出す音の数なんてギターコードなので僅かに18音。
元々暗記の得意な柳生にはたったこれだけの暗譜なんてとても簡単な事。

しかし紀伊梨は頬を膨らませて抗議する。

「はい、せんせー!そーゆーの紀伊梨ちゃんは良くないと思いまーす!」
「何がです。」
「よくぞ聞いてくれましたぁ!良いですかやーぎゅ君!そーいう事をするとですね!紀伊梨ちゃんは友達っぽさが無くなると思うんですよ!」
「は?」
「一緒にれんしゅーしよーって感じじゃないじゃーん!紀伊梨ちゃんが譜面台使うんだったらやーぎゅも使おーよー!」
「・・・分かるような分からないような理屈ですが、わかりました。構いませんよ。」
「やたー!」

まああって困るようなものでもないし、それで紀伊梨の気が済むんだったら、となんだかんだ甘い柳生はもう一つ譜面台を出した。

そこに楽譜を置いて、楽譜と譜面台のセットが二つ並ぶ。

紀伊梨はその光景を見て、うん!と満足そうに頷いた。

「良いね良いねー!一緒にれんしゅーしてる感あるねー!」
「これで、ですか?」
「だって、ブラバンなんかいっつもこーして並んでれんしゅーしてるじゃん?」

それとこれと全然違う気しかしないのだが。

しかし、仲間かーん!と言ってご機嫌かつ適当にアコギを鳴らしてくるくる回っている紀伊梨を見ていると。

「まあ、これはこれで。」
「ほえ?何が?」
「いえ、こちらの話です。」


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