100話記念企画 No.034

一方、3人が向かっているとは知らない紫希は、美術室で絵の方を進めていた。

周りには何人か同じ境遇の生徒が居るが、休み時間を割いて此処に来てお喋りに興じて居る者などほぼ居ない。
皆が黙々と作業をしていて、紫希もそうしていた。

「・・・・・・」

実を言うと、ちょっとこの静寂が過ぎる空間は、今の紫希にはほんの少し辛かった。
何が嫌、と言うより。

(気分が乗りにくいんですよね・・・)

楽しい絵を描いてるから、楽しい雰囲気の方がより筆が進むと思う。
こういう、集中の糸がピンと張ったような空気と、目の前の絵の雰囲気はお世辞にもそぐっておらず。

特に、この今描こうとしている人ーーーー

「・・・結局どなただったんでしょうか。」

ああ、笑ってる。

そう思ったことだけ覚えていて、肝心の顔は全然記憶に残っていない。
だから、そこーーーーその人を配置しようと考えている部分だけ、絵がぽっかりと空いており。

思い出せないくらいなら消して、そこには誰も居なかった事にしようか。
いや、辞めようか。どうしようか。

困ったな、と思っていると、この固い空気を一切の遠慮なくつんざく声が聞こえてきた。

「紫希ぴょーん!お疲れちゃーん!」

「・・・紀伊梨ちゃん!?千百合ちゃん、丸井君・・・あ、と、と。」

びっくりし過ぎて、持っていた色鉛筆を取り落としかける。それを拾い直している間に、3人はどやどやと紫希の元にやってきた。

「よ!」
「お疲れ。」
「お疲れ様です・・・どうしたんです皆、お揃いで。」
「あのねー、ブンブンのペリカン見に来たの!」
「だから、」
「ちょっと黙って。丸井が描いた絵を見るついでに紫希の様子見よって話になってさ。」
「丸井君の、絵・・・?」

何故わざわざ?
と問いたげな紫希に、千百合が続ける。

「屋根に動物を描いたんだけど、何の動物に見えるかのジャッジ。」
「じゃ・・・え?ジャッジが必要?なんですか・・・?」
「要らねえって。ペリカンなんか描いてねえのに、五十嵐がペリカンペリカンって言い張るもんだからよ。」
「でもペリカンじゃーん!」
「違うっての!」
「ま、さっきからこんな調子で。」
「はあ・・・」

分かりはしたけど、見ようによっちゃ丸井に失礼な気もする。

「さ。見よ見よ。」
「おー!紀伊梨ちゃん達のクラスの分どっちだっけ?あ、あっちあっち!」
「紫希も見よ。」
「あ、はい。」
「言っておくけど、ペリカンじゃねえからな?俺は「はい、ストップ。見る前に答えを言わない。」
「なんで?」
「その方が正直な感想でしょ。」

予め猫ですと言うと、紫希はたとえ猫に見えなくても気を使って、うん猫だよ、という可能性がある。それ防止だ。

「えーと?俺のがえーと・・・あ、あったあった!ほらよ。」
「ん。」

3人で覗き込むと、其処にはとてもファンシーで美味しそうな世界が広がっていた。

世界観としては良く出来てる。うん。
で、肝心の屋根の上の生き物についてはと言うと。

「ほらー!ペリカンじゃーん!」
「ペリカンじゃねえ!」
「・・・紫希、何に見える?」
「・・・・・ええと・・・・」

取りあえず、ペリカンが不正解なのは知っている。

「・・・う、さぎ・・・?」
「違うっての・・・」
「ご、ごめんなさい!」
「え、まだ良いじゃん。私ナマケモノに見えるから、紫希が一番近いわよ。」
「なんでだよ!!」
「だーって見えるんだもーん!」
「逆に紫希、よく兎に見えるわね。」
「あの、ここが耳で、こっちを向いてるように・・・で、でも兎じゃないんですよね、すみません・・・」
「でも猫には見えないよー!」
「だから・・・あー!」

ここまで言われると流石に丸井も諦めて、ちょっと自分の絵を見返し始めた。
え?なんでわかってもらえないの?猫じゃない、これ?うさぎ・・・いや、うさぎは百歩譲って見えるかもだが、ナマケモノは無理がある。ように見えるのだが。ペリカンではないだろ、絶対。

「さ、用事済んだ。帰ろ。」
「「え?」」
「は?」
「まだ春日の絵見てねえじゃん?」
「えっ。」

まさか自分にお鉢が回ってくると思っていなかった紫希は、思わず声が出た。

「そーそー!紫希ぴょんの絵も見たーい!」
「いや、邪魔でしょ。何言ってんの。騒がしいしさ。」
「邪魔ってんなら、今もう邪魔してんじゃん。」
「ってゆーか、じゅぎょー中じゃなくて昼休みなんだからさー!煩くても良いじゃん、ちょっとくらいはー!」
「・・・・」

珍しく紀伊梨と丸井の2人から正論を言われて、千百合は返しに詰まった。
確かにね。確かに。

「で、でも恥ずかしいんであまり見ないで欲しいというか・・・下手というか・・・」
「今の丸井の絵よりは酷くないって。」
「おい!」
「紫希ぴょん何で描いてるのー?絵具ー?」
「あ、いえ。色鉛筆です。」

なんだかんだ流されて、結局4人で紫希の絵の前に戻ってしまう。


紫希が描いているのは、勿論あの街。

夢で見たあの光景を、かなりそのまま覚えている限り正確にトレースした光景。

「あ、可愛いー!すごーい、きれー!」
「うわあ紫希っぽい。」
「分かる分かる。すげえ春日って感じがする。」
「そ、そう?ですか・・・?」

この、ふんわり柔らかそうな感じ。
且つ、楽しいことや嬉しいことしか描かれている街並みの中に無いような絵の雰囲気は、3人がいつも見ている紫希が如何にも描きそうな世界だった。
個性が色濃く出るあたり、天地は教師としてかなり良い仕事をしていると言えよう。

(ん?)

丸井は、絵の中にぽっかり空間があるのに気が付いた。
紫希がずっと考え続けている、帽子を取ってくれた誰かさんがハマるべき場所だ。

「なあ、此処「ねえ紫希ぴょん!これなんて書いてあるのー?」

丸井のそれより凡そ1.5倍は大きいであろう紀伊梨の声に、丸井の問いかけは紫希の耳に辿り着く前にあっさりかき消えた。

「あ、それ・・・タイトルです。」
「あ、そっかー!」
「何て書いてあるの?」
「・・・?えー、チャン?・・・of dream?」
「”Champs-Élysées” of dreamです。」


夢のシャンゼリゼ。


紫希はこの絵を・・・というかこの夢をそう名付けた。

(シャンゼリゼ?)

丸井は初めて聞く単語だったが、紀伊梨と千百合は合点がいったようにあー、と漏らした。

「シャンゼリゼとかなっつ。」
「へー!シャンゼリゼってこんなんなんだー!」
「あ、いえですから、「夢の」シャンゼリゼということで・・・」
「なあ、」

シャンゼリゼって何。
と聞きかけたが、それを聞く前に昼休み終了の鐘があっさりそれを遮った。



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