100話記念企画 No.034
その後、たじろぐ父・真に紀伊梨達は質問を浴びせた。
そして分かった。

この曲は随分昔からあって、父母世代の人間でも普通に知ってる人が沢山居ること。
真も当時好きになって、自分で調べたから良く覚えていること。

そして。
今までずっと楽しい街並みの事が詩にされているのだと思っていたメロディの部分は、基本的には街で魅力的な女性に会い、声をかけ、恋人同士になって一夜を共にして超楽しい、みたいな事が歌われている事。
オーシャンゼリゼ♪の部分は「君の望むものがシャンゼリゼ通りには何でもあるよ」という歌詞を歌っているので、辛うじてその辺だけは間違っちゃいなかった事など。

後から幸村に聞いたら、丸々わかってはいなかったと。
ただ元々フランスという国に詳しい幸村は聞き取れる部分も多く、声をかけたとか待ち合わせとかキスとか恋人とか、そういう部分から察するに、どうも街並みの歌とは言い切れないなとは思っていたらしい。
言い出せなくてごめん、と謝られてなんだか余計沈んでしまったのも今は昔。

「私が悪かったんですけど・・・勝手に思い込んでというか、良く調べもしないで「きっとこうだろう」ってイメージだけで楽しんでいたので・・・」
「へえー。今もう、その曲嫌い?」
「いえ!大好きですよ、楽しい曲なのは間違いないので。今でも好きなんですけれどこう・・・描いていた理想のーーー夢の街があの曲の中にあったわけじゃなかったな・・・と思ったんです。だから、きっと夢にまで出てきて・・・」
「え。夢に見たのかよ?」
「はい。これ・・・今描いてる絵は、私授業の日に夢に見たんです。きっと、何を描こうか前の晩に考えていて、それで引きずられたからだと思うんですけれど。こう・・・楽しい街で・・・」

皆笑顔で。
通りを包み込むように、あの曲が。

シャンゼリゼが。

「曲は絵には落とせないですけど・・・少しでも、そういう雰囲気が出れば良いな・・・って思うんです。」
「ふうん。なあ、そんなにがっちりイメージあるんなら聞きながら描いたら?スマホに入ってねえの?」
「あ・・・本当は私も、ちょっとだけ考えたんです。スマホにも入ってますし。でも他にも描いている方は沢山居ますし、お邪魔になるといけませんから・・・」

実は、こうやって話しているだけでもちょくちょく何人か周りの生徒は紫希と丸井に視線を寄越している。
今は休み時間だから良いか悪いかでいうと悪いわけではないのだが、静かな空間で誰かが会話しているとついついそっちに視線が行くのはもうどうしようもないので。

「それに、シャンゼリゼは私の気分にはピッタリですけど・・・他の方にもそれぞれ絵のイメージがありますから、それを壊すのは。」
「まあな・・・あ。」

ちょっと待ってろい。
そう言い残して、丸井はサッと美術室を出て行った。




ーーーーーーーーーー




「じゃーん♪」
「それは・・・・・」

丸井の手の中にあったのは、丸井の髪色と同じ綺麗な赤の。

「・・・イヤホン。」
「そ。これで聞いてたら良いじゃん?誰にも聞こえねえし。」

確かに。

言われてみれば何故今まで思いつかなかったんだろう。音楽を聞きながら勉強する習慣の無い紫希にとって、昼休みとはいえ「今は課題中」の意識が色濃くあったのかもしれない。

「い、いえ!でもお借りするのは申し訳ないのでーーー」
「良いから良いから♪」
「ちょ、ちょっと・・・」

良いからって良いのはお前だろ、と突っ込んでくれる千百合は此処には居らず、当たり前みたいな顔をして隣に椅子を持ってきてそこに座る丸井。

赤いイヤホンを我が物顔で紫希のスマホに刺して、片耳を自分に。
そしてもう片方を差し出し。

「はい。」
「えええ・・・・」
「ま、作業に邪魔なのは分かるけど。そんなに気に入ってる曲なんだし、一回くらいどんなんか聞かせてくれても良いだろい?」
「いえ、邪魔ではないです!邪魔とかそういう事じゃなくて、借りるのが・・・・」
「じゃ、借り賃って事で。」
「そ・・・」
「ほら、早く早く♪楽しみにしてんだから。」

こうなると丸井はもう人の話をほぼ聞かない。

「・・・・・」
「昼休み終わっちまうぜ?」
「・・・・じゃ、あ、」

ちょっとだけ。
空の描き方が定まるまで聞かせて貰おう。

おそるおそる片方の耳にイヤホンをはめると、当たり前なのだが普段より丸井が近くてちょっと緊張する。

(シャンゼリゼ・・・シャンゼリゼ・・・シャンゼリゼ・・・)

待ってもらってるので早くしないとという焦りと、距離が近いことからの緊張から、スマホを操作する指がどうしても早くなる。

焦る。
焦る。
焦って楽曲一覧にそこを見つけたのに通り過ぎる。

「あ、そこそこ!」
「えっ、」
「ほら、もうちょい戻って。」

ぐ、と顔の距離が近くなって、ドキッとしたその瞬間、丸井の指先がタイトルをタップする。

流れ出すお馴染みのイントロ。
軽快なテンポ。
意味は分からず、耳に心地いいフランス語の柔らかい歌声。


・・・Je m'baladais sur l'avenue♪

le coeur ouvert à l'inconnu♪

J'avais envie de dire bonjour à n'importe qui♪




「おお。」

何か、どこかで聞いたことのあるメロディライン。
確かに有名だというだけの事はある。丸井自身も、知らず知らずの内にどこかしらで聞いてはいたのだろう。それと意識してなかっただけで。

へーこんな曲なんだという新鮮さと、ああ聞き覚えあるなという懐かしさを同時に味わいながら、丸井ははたと口を噤んだ。

そうだ、紫希は作業中だ。
隣の自分がおお!とかあー、とか言ってたら気が散ってしまう。

大丈夫かな、と思って隣を見ると、紫希は絵をじっと見つめていた。

そうだ。
そうそう、描きたいのはこのイメージ。
これを聞いて嘗て思い描いた、ある意味間違っているイメージ。

間違ってても良い。
だってその場所は夢の場所だから。

(・・・Aux Champs-Elysées、)

記憶とか思いとかやる気とかが洪水のように溢れ出してくる。

聞いて良かった。
これは捗る。

「Aux Champs-Elysées・・・♪」

ぽそ。という擬音がピッタリの小さい小さい歌声。
多分この場の誰にも聞こえていまい。

自分以外は。

「・・・・へへ。」

筆を走らせ始める紫希に聞こえないように、丸井は小さく小さく優越感に笑った。


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