100話記念企画 No.034
課題提出ももう目前になったある日。
画材とスマホとピンクのイヤホン(自分の)を持参して、昼休みに紫希は美術室を訪れた。

「失礼します・・・」

失礼します。

と言いつつ、日を追うごとに作業をする者は各々片を付けて減っていっていたので、今日などはもう紫希くらいしか美術室には居なかった。

いつものように自分の絵を出して、色鉛筆を広げて、適当に端っこの席に座って。

「うーん・・・・」

絵は、後塗り残しているところがもう少し。
それから、まだ解決しない問題。

これ。
この、夢で助けてくれた人の所をどうするか。

(一応まだ空けてはあるんですけれど・・・ここを決めないと、周りも何時まで経っても描けないですし・・・塗れないですし・・・)

いい加減どうするか決めないと。
人を此処に描くのか。描かないのか。
描くとして、どんな人をか。

言うなればたかだか学校の一授業一単元だし、悩むくらいならもうスパッと適当に決めてしまっても良い気もするが。別にそんな差異で成績に響くことなんてあろう筈もないし。

ただ。
この絵の中の世界は、紫希の夢の中での理想の世界なのであり。
そしてその理想の世界の中には確かにあの人が居たのであって、それを無視するのはちょっとどうかと思うのだ。

(ううん、でもかといって誰を・・・)

そして堂々巡り。

どうしたものかなあ・・・と思いながら、取りあえず他の所はもう終いにしてしまおうとイヤホンをつける。
例え無人と分かっていても念のため。

聞こえてくる、自分だけに聞こえてくるお馴染みのメロディ。



Je m'baladais sur l'avenue♪
(大きな通りをぶらついて歩いていたんだ)

le coeur ouvert à l'inconnu♪
(すれ違う人は知らない人達ばかりで、それでもとても親し気な気分だったのさ)

J'avais envie de dire bonjour à n'importe qui♪
(誰だろうと構わない、皆にボンジュールと笑顔で挨拶したい、そんな気持だったんだ)



そう、夢ではそんな気持だった。
街を行き交う人達は皆誰とは知らない人達ばかりで、でも皆笑顔で、皆どこか良く親しんだ友人のような感覚があった。
この街では誰も自分を、他の人を拒絶しない。そう感じていた。
通り中愛に溢れていた。



N'importe qui et ce fut toi♪
(そして僕は見知らぬ誰かに挨拶をした、それが君だったんだ)



自分が夢であったあの人は誰だったんだろう。
歌の中の「僕」が「君」と言っているほど、はっきりとはわからないまま。



je t'ai dit n'importe quoi♪
(それから僕が君としたお喋りは、何でもないような事ばかりだったけど)

Il suffisait de te parler, pour t'apprivoiser♪
(でも君と僕はそれで良かったんだよね)



夢の自分は、お話しどころか迷惑をかけてしまった。
お礼も言えなかったし謝罪も言えなかった。

ああ、でももしもあの夢の続きが見られたら。
もう一度あの人に会えたら、そしてどうでもいいお喋りが出来たなら。
あの誰かさんは、笑ってお喋りしてくれるんだろうか。面白い話なんて出来ない自分だけど。



Aux Champs-Elysées♪
(シャンゼリゼ通りにはね)

aux Champs-Elysées♪
(シャンゼリゼ通りにはね)



シャンゼリゼ通りにはね、
シャンゼリゼ通りにはね、



Au soleil, sous la pluie♪
(太陽がご機嫌に輝いている時でも、雨音のメロディが流れている時でも)

à midi ou à minuit♪
(お昼時でも、真夜中でも)



そう、あそこにはいつだって。



Il y a tout ce que vous voulez♪
(君が欲しいと思うもの全てが、君を待っているんだ)

ーーーaux Champs-Elysées・・・♪
(シャンゼリゼ通りでね・・・・・)



「・・・・あ!」


思わず声が出た。

書き進めていた絵が、窓から吹いた風でさっと吹っ飛んでいった。

まずいと思って左手で抑えようとしても、実際に左手が紙のあった場所に置かれた瞬間にはもう画用紙の端は左手の後方へ。ああもう、やっぱり自分は動きが遅い。もっとちゃんと固定しておけば良かった。

いけない。
美術室なんてあちこち塗料だらけ、作成中の作品だらけなのに。
あらぬ所に絵が飛んで、人様の作品を汚してしまったら。自分の絵が汚れてしまったら。

そう思っていてもこういう時、フィジカルスペックほぼ最弱の紫希は何も出来ない。

体が咄嗟に動かない。
目だけが宙に舞う画用紙を追う。

ひらんひらんと舞い上がって、あわや床に着地というところで、もう一度風に舞い上げられて上へ。

ああ駄目だ。廊下に出るコースだ。
踏まれる。
そう思いながら見つめる自分の絵は、真っすぐ美術室の入口に辿り着き。


そして、軽やかな誰かの右手に捕まえられる。


「ーーーーー」

強烈な既視感。
紫希が思わず絶句する中、その人はいつもと変わらない笑顔でニッと笑った。

「よっ!」
「丸井君・・・・」

丸井は最初に来た日から、ちょくちょくこうして顔を覗かせていた。
とはいえ毎日というわけではなかったし、時間もまちまちだった。

運が良かった。丸井自身もそう思った。

「はい。」
「有難うございます・・・・」
「今日風強えからな。気を付けねえと、また飛んじまうだろい。」
「はい・・・」
「?おい、どうしたんだよ?何かぼーっとしてねえ?」
「あ、ごめんなさい・・・」

思考が追いつかないのだ。
説明を求められても一言では難しいし。

(・・・丸井君だったんですか?)

勿論聞けない。
お前だったのか、とか聞かれても丸井には何のことやらだろう。
かといって説明は難しいし。

「でもま、良かったな。」
「え?」
「完成前に汚れなくて。まだ完成じゃないだろい?」
「あ、はい・・・」
「なあ、前から聞きたかったんだけどそこなんで空けてんの?」

何も知らない丸井には、紫希が意味もなく絵の真ん中に空白を空けてるようにしか見えない。でもまあその内埋まるだろうから聞かなくても良いかと思い続け、しかしいっかなそこが描き込まれる様子もなく。

「あ、ここは・・・」
「ここは?」
「・・・・」
「?」
「・・・あの。」
「うん。」

「・・・此処に、丸井君を描いたら、ご迷惑ですか?」

「え?」

何の話、と目を丸くする丸井に、紫希は一生懸命事情を説明する。

「あの、私夢でこの街を見て、それで・・・その夢の中で、私は被っていた帽子を飛ばしてしまったんです。でも、追いかけようと振り向いた所で夢の中の誰かが捕まえてくれて。私此処にその人を描きたくて、でもそれが誰なのか、夢の中では遠くて顔がよく見えなくてわからなかったんですけど・・・」

きっとその人はあの夢で見たように、笑顔で助けてくれるような。
あの歌で聞いたように、取り止めのない話で笑ってくれるような、そんな人。

描きたい人は、沢山居る。
沢山居るけどでも今、自分は丸井が描きたいと思った。

「私、あれは丸井君だったんじゃないかなと思って・・・だからその、丸井君がそうして良いともし仰ってくれるなら・・・」
「良いよ?」
「あの、」

そう言ってくれるのは有り難いし頼んでるのは自分なのだが、本当に検討しているのか。
あまりにも即答過ぎて、良いか悪いか本当にちゃんと考えたのかなと疑わしくなって、顔を上げると目が合う。

優しくて真っすぐな眼差し。

「良いよ。」

丸井は嬉しかった。

紫希の夢の絵にーーーいうなれば理想の世界に「居て良いよ」「貴方に来て欲しい」と言われるのは、丸井には本当に嬉しかったから。

「・・・有難うございます、じゃあ・・・」
「おう、シクヨロ。」

多分描ききる前に今日の昼休みは終わるだろう。
でも、方針は決まった。締め切りにはこれで間に合う。

パステルトーンで纏められてる絵の中に、目を引く赤髪の男の子が入るその完成を想像して、紫希はまた胸中で歌い始めた。


ーーーaux Champs-Elysées・・・♪





尚、完成してしばらく経った頃に、どうして描かれてるのが丸井なんだと紀伊梨が騒ぎ出すことになるが、紫希はまだそれを知らないのだった。





100話記念くじびき企画
お題:No.034 シャンゼリゼ
くじ結果:22秒→2:主人公1×丸井

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