100話記念企画 No.005


「ふう・・・」

丸井は一人で帰路についていた。

今はもう夕方過ぎ。
一昨日から今日までずっと、ずっとこの時間に疲労感に襲われながら帰っていた。

なんと、今の丸井は放課後の部活が終わっても直帰を許されていない。
18時に部活が終わったら、30分になるまで教室で練習するから戻って来いという館野の指示だ。

そんなお前、いくらなんでも部活後まで拘束なんて。
と抗議しても、男子は特に出来てないんだから仕方がないでしょと言われ。
その上合唱苦手な奴らからごめん丸井ごめん、俺らのせいで歌えてる奴まで、と謝られたらもう抵抗の意思もなくなっていき、結局こうして従っている。
今日なんて、折角ミーティングだけで後はフリーだったのに。

テストまで後登校日が5日。
後5日こんなスケジュールの日々が続くのかと思うとそれだけで草臥れそうで、丸井は意識的に考えないようにしている。

「・・・ん?」

歩いていると、前方に立ち止まって上を向いている紫希が居た。
私服で自転車を押しているのが、紫希が如何に早く帰宅できたかが伺えてちょっと悲しい。

「春日!」
「え?あ、丸井君!こんばんは。」
「おう、お疲れ。」
「今お帰りなんですか・・・?」
「あー、まあ・・・色々?部活の後にちょっとな。お前は?」
「私、本屋さんの帰りです。行ってきたところで。帰ろうと思ってたんですけど・・・」
「けど?」

紫希はまた空を見上げた。

「一番星が出ていて。」

それを聞いて丸井も空を見上げた。

空はもうほぼ濃紺に彩られており、とおーく遠くの方に辛うじてオレンジが伺える程度。
とっぷり暗くなるのも間もなくであろう。
それでもまだなんとなく明るい。夏が近づいてきているのを感じる。

そんな6月の空の中、頭上。
星が一つ。

「COSMOSを思い出したんです。」
「へ?」
「あ・・・合唱曲の、です。全クラス、今歌ってますよね?」
「ああ・・・うん。」

凄くタイムリー且つあまり乗りたくない話題に丸井は苦笑した。
すっかりCOSMOS=空気が悪いというのが刷り込まれている気がする。

「あれって、星の歌じゃないですか。」
「・・・そっか?そういやそうか。」
「はい。それで、今空を見て思い出して。」

歩き出しながら、素敵な歌詞ですよね、と言って笑う紫希は本当に楽しそうで、丸井はなんだか不思議な感覚を抱いた。
同じ歌を思い描いているのにどうしてこんなに心持が違うんだろう。

「・・・お前、帰るの急ぐ?」
「え?いえ、特には・・・今日は夕飯も遅くなるみたいですから。」
「じゃ、一緒に歩くか。」

こんなに一日頑張ったんだ。
ちょっとくらいラッキーがあっても良いだろ、神様。

分かった良いよと神様が返事したかどうかは知らないが。

「はい!」

紫希は笑って良いよと言った。





歩いていると頬に感じる風はちょっとづつ熱くなってきていて、ああもう夏が近いんだなあなんて思う。
今は気温がちょっと低いから、風が吹くと良い気温になって快適だ。

「じゃあ、さっきまで学校で練習してらしたんですか・・・」
「そ。流石に疲れるだろい。」
「それはそうですよ、お疲れ様です・・・」
「春日のクラスってどんな雰囲気?」
「うちは真田君が誰より仕切ってくれていますから。」
「ああ、そっか。」

そうだった。C組には真田が居るのだ。
あの男の前でやる気ないとか言ってられないというか、怒られるくらいなら本気で歌った方が遥かに優しいので皆真剣に歌うのだ。

「パートリーダーの方達も、真田君が声を張るように指導してくれるので助かってるみたいです。後は音程だけちょくちょく指導して頂いてます。」
「ふーん・・・」

要は、今のテニス部が上手いこと回っている現象がC組でも起こっているのだ。
飴と鞭の鞭の部分を真田が引き受け、幸村とかパートリーダーとか、真田に進言出来る者が丸く収める事で結果的に伸びる。
絵に描いたような正のループが羨ましい。

「春日は声張れって言われねえの?」
「皆で歌いますから、いつもよりは張れます。それに、結構お気に入りになった曲ですから。歌詞も良いですし。」
「まあ好きだったらそっか。歌詞ちゃんと考えながら見たことねえんだよなー。」
「素敵な歌ですよ。COSMOSって、人と星は同じと言う事が歌詞にありますよね。」
「え、そうだっけ?」
「うふふ、あるんです。星の元素と人間の体を作る元素は同じものが沢山ありますし、星は生きていて、生きているから寿命があって、いつか死んでしまって・・・でも、また新しく生まれる星もあって、生まれて生きて、また寿命が来てまた生まれて・・・その繰り返しを営んでいるのは、星も人も何も変わらないんだ、という事が歌詞に込められているそうです。」
「すげえ詳しいな。」
「実は、課題曲が発表された時ちょっとだけ調べたんです。」

どうせならと思って、と笑う紫希は本当に楽しそうで、丸井はなんだか不思議な感覚を抱いた。

会話を続けたいような。
でもこのまま楽しそうな紫希を、口を挟まないでただ見ていたいような。

「でも本当に不思議ですよね。」
「ん?」
「キラキラ空で光ってる星とこうしてる私達は同じなんだ、どっちも長い長い繰り返しの先にこうしてお互い生きてるんだ・・・って思うと、不思議じゃありませんか?」

そう言って2人で見上げた空は尚も夜が濃くなりだしていて、星の数も増えだしていた。

それがとても綺麗で。
綺麗で。
COSMOSを歌えと言われた日から、こんな穏やかな気持ちになった事はなかった。

だからだろうか。
あんな事を思いついたのは。

「春日、川に行かねえ?」
「え?」
「もっとちゃんと見れるだろい?あの辺なら街灯無いし。」
「!はい、行きた・・・あ。でも時間が・・・今から歩いて川原だと、往復するとなったら帰りは、」
「歩かなくて良いじゃん?」
「え。」

そう言って丸井が見やるのは自転車。

今歩いているから、ずっと押していた自転車。


3/5


[*prev] [next#]

[page select]

[しおり一覧]


番外編Topへ
TOPへ