「今度の図工では秋の木の実を使うので、皆さんそれぞれ沢山集めましょうね。」
「せんせー、木の実ってどんなのですかー?」
「どんなのでも良いのよ、でもなるべく色々あると良いわね。使うのは来週からです。それまでにみな、沢山集めておくように。これは宿題ですよ。」
はーい、と良い子のお返事を周りがするのを聞きつつ、千百合はげえ、と内心で舌を出した。
「公園行こーよ公園!」
当時は紀伊梨のその一言で、山の麓の公園で収集をする事になった。
ここが一番色々落ちてるから!という紀伊梨の言葉を最初は本当かよと疑ってかかっていたが、流石に山の麓というだけあって確かに色々落ちていた。
(別にオールどんぐりで良いんだけど)
わざわざ皆と別行動に拘る理由もないし、どんぐりだけを集めたいの!みたいな熱心な志があるわけでもないからどうせならと思ってついてきたが、千百合は別に先生が良いよというだけの量があればそれで良かった。
種類が色々とかそんなん端からやる気ない。
「これは何でしょうか・・・?」
「それね!それー、あのー、えー、あれ!あれだよ紫希ぴょん!」
「何もわからんw」
「クサギだよ、春日。」
「クサギ・・・」
ふーん、と横耳で聞き流しながら千百合はあまり動かず、足元の木の実を左程注意深くも眺めずぽいぽいビニールに入れていく。
今思えば、棗はこの時そんな千百合を心なしかにやにやしながら見てた気がする。
「あー!千百合っちどんぐりいっぱいだー!」
千百合が拾い上げた一粒を見て、紀伊梨が寄ってきて声を上げた。
「ほうほう・・・」
「何?」
「千百合っちはどんぐりが好きなんだね!」
「別に。」
その辺に腐るほど落ちてるから黙々と拾ってるだけである。
別にどんぐりである事に深い理由があるわけでもない。
「あ!」
「?」
「ねーねー!ちょっと見せて!」
「何、ちょっ・・・」
「・・・・・」
「・・・?」
千百合が片手に持っているビニールを目の高さにして、しげしげと見つめる紀伊梨。
紀伊梨がこうやって静かなのは珍しいので、千百合もつい黙ってしまう。
「・・・え、何?」
「居るー!」
「何が?」
「ほら、どんぐり虫!此処に!」
総毛だった。
「ぎゃあああああ!」
この時の事はパニくり過ぎていてあんまり覚えていない。
取りあえずビニールを袋ごと明後日にブン投げ捨てた事と、足の下に、いやそこいらじゅうにあるどんぐりが急に敵に見えて、植込みの丘の部分から一気に走って砂場まで下りた事は覚えてる。
気が付くと自分は砂場のすみっこで、小さい子が楽しそうにきゃっきゃと砂遊びしてるのをよそにゼエハア肩で息をしていた。
「はあ・・・はあ・・・」
ああ、思い出しても怖気がする。
だって自分が手に持ってた袋の中に居たんだろ、あれが。いや、自分は見てないし視認もしたくないけど。
え。どうしよう、待って。
木の実集めろって、またあそこに戻れってことだろ。
戻るだけならまだしも、また虫入りを拾うかもしれないリスクを踏まえて頑張れってことだろ。無理だろ、いい加減にしろ。
「はあ・・・・」
ああ疲れた。何かすごい疲労感。
戻りたくない、どうしよう。
「黒崎。」
「あ・・・」
ポンと肩を叩かれて、怠いですオーラ全開で振り向くと幸村が立っていた。
「大丈夫かい?」
「今は。」
「そう。」
「何かごめん・・・」
「どうして?謝らなくても良いよ。誰でも苦手なものはあるさ。」
「いやでも、あんな・・・」
「あはは!まあ確かに、ちょっとびっくりはしたかな。」
黒崎ってあんな大声が出せるんだね、と言われて千百合はちょっと恥ずかしくなった。
まさかこんなところで狼狽える場面を見られるとは。
「でも言ってくれれば良かったのに。虫が嫌いだって。」
「いや、言う必要ないと思って・・・というかそもそも私、どんぐりの中に虫が居るなんて知らなかったんだってば。」
「知らなかったの?興味がないから?」
「持ちたくもない。」
「あはは。気持ちはわかるけど、少しは知らないとこういう時に自分が困るよ。俺の友達が、ええと・・・ああ。敵を知り己を知れば百戦危うからず、って言ってたしね。」
今にして思えば、この友達はまず間違いなく真田だ。
小学1年生でこんな事言うやつはまず彼奴しかいまい。
「でも知ったってどうしようもないし。あーあ、もう私どうしよ。集めないといけないっていったって、もうこうなったら拾ってチェックするのも嫌。」
今日はもう、どんぐり触るだけで怖気が走ると思う。
背筋がぞわぞわする。
見たくもないものの所在をいちいち確認するという、その矛盾がもうきつい。
「・・・・・・」
「黒崎?」
「体調崩してて出来ませんでした、って言ったらダメかな。」
「あはははは!駄目だよそんなの、そもそも今度図工で使うから宿題として集めろって言われてるのに。」
「だよね・・・・」
これがただの宿題だったら忘れてましたーで済むのに。
千百合は再度グッタリため息を吐いた。
「戻りたくねー・・・」
「・・・分かった。じゃあ、俺が見るのはどうかな?」
「え?」
「俺が虫が居るか見て、大丈夫なら渡すよ。そうでないなら捨てる。それでどうかな?」
「いやちょっと、待って待って。」
「うん?」
「幸村って虫平気なの?」
千百合が聞くと、幸村は何を当然のことをと言わんばかりのキョトンとした顔になった。
「勿論だよ。」
「勿論!?」
「ふふっ!そんなに変かな?」
「変っていうかイメージと違う。」
「そう?いや、別に虫が好きなわけじゃないよ。俺はほら、花が好きだから。」
「だから?」
「虫の相手は慣れてるというか、出来なきゃ困るんだよ。害虫駆除が出来ない。」
マジか。
花が好きとは確かに知っていたけど、花綺麗、花束とか嬉しい、花壇に水やるの楽しいとかそういう話かと思っていたのに。
「・・・割とちゃんとガーデニングとかする方。」
「うん。あれ?言ってなかったかな。うちの庭なんかには、俺に任されてる一角があったりするんだよ。」
「えー。」
「イメージと違う?ふふふっ、黒崎は俺をどういう風に見てたの?」
「いやなんか、あんまり泥臭いことしないタイプというか・・・」
「そうなの?でも、そんなことないよ。」
自分でいうのもなんだが、幸村はどっちかというと自分や棗と近いタイプだと千百合は勝手に思っていた。
まだ当時の千百合は幸村のことをスペック上でしか知らない事も多くーーーつまり、テニスが好きで頑張ってるとか花が好きとかそういうことも聞いてはいたが、左程努力しないで涼しい顔でなんでもスッスッとこなしてんだろうなと思っていた。
欲しいものを手に入れる時、千百合は面倒そうと思ったらすぐ諦める。
幸村もそうして生きているとイメージで同一視していたのだが、そうではなかった。
努力を厭わない姿勢。
そういうものを幸村から僅かながら感じ始めたのは、この時だった気がする。