「ううう・・・うううう・・・」
「だ、大丈夫ですか紀伊梨ちゃん?ちょっと休憩を・・・」
「い・・・いや!紀伊梨ちゃんは負けん!負けんぞお!ぜーったい皆と立海に行って、ちゅーがくせーのせーしゅんを過ごすんだ!」
小6の時の冬。12月半ば。受験期。
もう追い込み、すぐそこまで本番の日が近づいてきている寒い日に、春日家では5人集まっての勉強会が開かれていた。
勉強会と言っても冬期講習だけ受けた塾の宿題を消化するだけなのだが、その程度と侮るなかれ。これがまあ本気かと聞き返したくなるほどの量で、本番までに終わるかなと思うような量だった。
その時の塾の講師は言った。長距離マラソン走っていて、ゴールが見えたからとスピードを緩めるのは馬鹿のすること。テープの先までもっとずっと走り続けるつもりで駆け抜けた者が勝者になれると。
それはそうかも知れないが、千百合や棗さえも頭の重くなるこの宿題量。
教える余裕が辛うじてあるのは幸村と紫希くらいのものである。
「・・・・・」
「千百合、目が痛い?大丈夫かい?」
「休憩しようぜw流石に堪えるw」
「私、お茶を持ってきますね。」
「あ!紀伊梨ちゃんも行くー!もー座ってるのしんどいよー!歩きたーい!」
「俺も洗面台借りて良い?顔洗いたいわw」
「あ、どうぞ!」
なんて感じでバタバタと3人は部屋から出ていき、千百合は幸村と2人残った。
その間も千百合はもくもくと手を動かす。
「休憩しないのかい?」
「後ちょっと。マジでこれだけ終わったらやっと社会と縁が切れるから。」
「ふふっ。そう、頑張って。」
何か分からなければ聞いてね、と優しく声をかけて幸村も鉛筆を置いた。
幸村も疲れているのだ、普通程度には。
(ええと、アメリカの都市でないものを答えよ。ニューヨーク違う、シアトル違う、ロサンゼルス違う・・・)
「・・・ごめんね。」
千百合はその言葉に顔を上げた。
「何が?」
「いや。皆が今こうして頑張ってるのは、そもそも俺が立海に行くって言い出したからなんだなと思うと、ちょっとね。」
「そうは言ってもね。私らついてきてって言われたわけじゃないし。」
そう、どっちかというと自分達が勝手についていくと言い出した側なのだと千百合は思っている。言わば自ら進んで苦労してるのであって、この期に及んで幸村に対して「お前のせいで」なんて誰も思っては居るまい。
「逆に精市は良いの?」
「俺?俺は嬉しいよ、決まってるじゃないか。立海に進路を決めた時、勿論テニスのことを考えて選んだけど・・・正直、これで皆と同じ中学時代は過ごせないんだなと思わなかったわけじゃないし。」
「そうなの?」
「え?そうなのって、そう思わないと思った?」
「いや、精市はほら。テニスが好きじゃん。だからこういう場面は迷わないと思って。」
この頃にはもう千百合は、幸村精市という男にとってテニスというものが如何に重要な事項であるかがよくわかっていた。だから立海に進路を舵取りした時も、果たして幸村が自分達と離れることを惜しいと思うかどうかと言われると、正直千百合は内心懐疑的だった。
「あはは、そんな事ないよ。俺は嬉しかったんだ、皆が立海に来るって言ってくれて。別に離れたからって皆と縁が切れるなんて思ってないけど、過ごせる時間は確実に少なくなるし。」
「ま、それでなくても少なくなりそうだしね。中学入ったら部活だとかバンドだとかもっと本腰入るし。」
そうだ、そもそも理想の中学生活が欲しかったから今こういうことをしてるのだ。
最近勉強に追われすぎてて、最早何目的なのかも見失いかけていた気がする。
「皆で合格したいね。」
「まあその為に今こんな量の宿題抱えてるんだし・・・おし!」
「終わった?お疲れさま。」
「あー、もう嫌。しんど。」
鉛筆を投げ出してその場にごろんと転がった。
疲れた。ああ疲れた。
勉強は言うほど不得手ではないが、流石にこの長時間この量は堪える。
ほんのちょっと、お茶が来るまでもうちょっとだけ寝させて。
部屋主の紫希に内心で詫びながら目を閉じると、誰かのーーー幸村の手が頭に添えられた。
「お疲れさま。」
「・・・んー。」
恥ずかしい。
でも今は二人しか居ないから良いかな。
ああでも撫でないで、今疲れてるから寝そう。
そんな事を考えながらお茶とお菓子を持った3人が戻ってくるまで、うとうと微睡んだ5分にも30分にも思えた時間を、今でも覚えている。