そんな風に毎日を過ごしていましたが。
あれは3年生に上がって間もなくのことでした。
皆同じクラスになれたと初日はそれは嬉しそうだった精市君の顔が、徐々に曇ってきたのです。
奥様はいじめにあってるのでは・・・と心配されていましたが、精市君はいつも困ったように微笑んで違うと躱します。
私もいじめではないと思います。
帰ってきてもケガしていたり持ち物が異様に汚れたり壊れていたり、そういう事がありませんからね。
しかし、何かがあったのは確かです。
最近は皆も家に来ません。
どうしたのでしょうか・・・
・・・なんて思っていたら、ある日。
精市君が帰宅する前に、奥様が狼狽え乍ら階下に降りてきました。
電話を持っています。
どうやら旦那様とお電話中ですね。
「ええ、そうなの・・・ええ、怪我したのは紫希ちゃんだから、春日さんの家に行くわ。ええそう、もう病院からは帰ってらっしゃるそうだから・・・そう、精市も一緒。皆一緒よ。」
何ですって?紫希ちゃんが怪我?
しかも病院に全員で行くような事態となると、何やら大変な予感がしますね。
「お母さん・・・」
「ああ、松!」
「お母さん、お兄ちゃんは?」
「大丈夫よ、お兄ちゃんは大丈夫。大丈夫よ。先に車に乗っていられる?」
「うん・・・」
そうか、松ちゃんも連れて行くんですね。
まあそりゃあそうですね、まだ小さいですから置いていけませんしね。
ただならぬ空気を醸し出したまま、奥様は手早く準備をすると、すぐに玄関を出て車に乗りました。
家に残ったのは私だけ。
皆様、いつお帰りでしょう。
出来ればみな笑顔で、早く帰って来ますように・・・・
・・・なんて私の希望は空しく、帰宅したのはもう午後の19時を回ってからでした。
旦那様はお仕事帰りにそのまま合流されたのでしょう、スーツに鞄を持ったままの格好で奥様方と同時に帰られました。
奥様の腕の中には疲れて眠る松ちゃん。
精市君は、旦那様の後ろをついて歩いています。
「松を寝かせてくるわ。」
奥様の言葉に頷くと、旦那様は玄関先で精市君を振り返りました。
「精市。」
「・・・はい。」
怒っている様子ではありません。
ただ、旦那様はとても真剣な目でした。
小学3年生に向かってするには、少し真剣すぎるのでは?と思われるほどに。
「今回の事に関しては、父さんからはもう何もこれ以上言わない。」
「はい。」
「ただ、これからの事は違う。」
「はい。」
「お前は、春日さんの家で自分が言ったことを覚えているな?これからの事を。」
「はい。」
「本当に、あの通りに出来ると誓えるか?」
「はい。やります、必ず。」
強い決意を湛えた精市君の瞳に、旦那様はやっと空気を和らげて息を吐きました。
「わかった。お前がそう言うなら、父さん達はもうこれ以上は言わない。」
「はい。」
「ただ、覚えておきなさい精市。お前は一人じゃない。頼りになる家族も友達も居るんだから、それを忘れるな。」
そうですよ精市君。
あまり一人でなんでもやろうとしないで、貴方の周りにはいつも心強い味方が・・・・
「・・・はい。」
・・・あ、あれ?
な、なんだか思っていた反応と違いますね。
もっと喜ぶと思ったのですが、喜ぶどころかなんだか少し暗い顔に・・・何なんでしょう一体?
ともあれ、あまり喜ばしくないことが起きているのは間違いなさそうです。
精市君が早く元気になってくれれば良いのですが。
ケガした紫希ちゃんも心配ですね。
一体何がどうなって病院へ行くような事態に・・・
その日の夕方、早く皆に笑顔が訪れますようにと祈りつつ私は階上へ上がっていく旦那様と精市君を見送りました。