100話記念企画 No.083


そしてその夜の事。
深夜の2時に、誰かが下りてきました。

その軽い足音にまさかと思いましたが、精市君が下りて来た時は本当にびっくりしました。
この子はテニスに差し障るといけないからといって、原則とっても早寝かつとっても早起きなのです。

お手洗いではありません。2階にもトイレがありますからね、この家は。

何用だろうかと思って見ていると、リビングを通ってそのままダイニングの方へ。
そして少しするとまた戻って来ました。

私は廊下に居る身ですけど、位置的にリビングも多少は見えます。
だから精市君がリビングに戻ってきて座るのも見えました。何か飲み物を持っているのもね。

ホットミルクでしょうか?眠れないんですか、精市君。

「・・・・・・」

寝た方が良い。
そうとわかっているのに眠れない顔ですね、あれは。
わかりますよ、私も人間と暮らして長いですから。
そういう夜もありますよね。

「・・・・・ふう。」

・・・精市君。私の声なんて聞こえっこないでしょうが、音は聞こえますよね?
わかります?この音。


カッコ、カッコ、カッコ・・・


こうしてる間にも時間は過ぎていきます。
しがない柱時計の私ですが、精市君。

時間は有限です。

特に人間のそれはね。
だからあんまり悩まないで。勿体ないですよ。

やりたいようにやったら良いんです。
君なら出来ます。
大丈夫。

「・・・・・うん。」

祈りが届いたのでしょうか。
一頻り考えてミルクを飲み終えた精市君は、コップをしまってまた部屋へ戻っていきました。

明日はまた学校です。
どうか良い日になりますように・・・








それからの日々が精市君にとって良い日々であったのかどうかは、柱時計の身で学校のことが分からない私にはわかりませんでした。

ただ、精市君はあの日から若干顔つきが変わった気がします。
難しい顔はしてはいますが、悩んでいるような複雑な表情をする事はなくなりました。

そして、何日経ったでしょうか。
そんなに経っていないと思いますが、ある日の事でした。
精市君が帰ってきました。

「ただいま・・・」

おや、と思いました。
いつになく声に力がありません。

そして精市君はなんと、玄関に入って扉を閉めた瞬間、その場に座り込んでしまいました。

「はああ・・・・」

だ、大丈夫ですか精市君!病気でしょうか、最近暑いですから熱中症かも!
お、奥様!奥様!

私の呼びかけなんて聞こえるわけもなく、しかし間もなく奥様ではありませんが松ちゃんがやってきました。

「お帰り、お兄ちゃ・・・お兄ちゃん!」
「松・・・」
「お兄ちゃんどうしたの?お熱があるの?」
「あはは、無いよ。有難う、大丈夫。ちょっと今日はその・・・疲れて。」

疲れてってあなた、毎日テニスに明け暮れてもぴんしゃんしてるくせに疲れる事なんてあるんですか!
何があったんです、そこまで疲れるって相当でしょう?

松ちゃんも同じことを思っていたのが顔に出ていたのでしょう、精市君はぐったりした様子で、でもどこか清々しそうに松ちゃんに微笑みかけました。

「本当に大丈夫だよ。」
「でも・・・」
「嘘じゃないさ。


・・・ちょっと、好きな人に告白をしてきただけ。」


・・・・え?




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