そして精市君はその日以来、日に日に表情から暗さが抜けて普通になっていきました。
しかし肝心な事・・・つまり、相手は誰なのかと、告白の結果はどうだったのかはわからないままでした。
あの日、戸惑う私に変わって松ちゃんが誰に!?どうだったの!?と聞いていましたが、精市君は「秘密。」「どうかなあ、俺にもわからないんだ。」と答えるばかりでした。
誰に?に対して秘密という答えはまだわかりますが、結果に対して自分にもわからないというのが若干珍しいというか、引っかかるというか・・・保留にされているという事でしょうか?返事は少し待って、とでも相手の子に言われたのかもしれませんね。
そしてそれから暫く経った日の事。
テニススクールのお休みの日の放課後、沢山の足音が玄関先から聞こえてきました。
「ただいま。」
「ただいまー!違った、お邪魔しまーす!」
「こんにちは、お邪魔します・・・」
「うわあw何か久しぶりw寄るに寄れなかったもんなあ・・・」
わあ!皆来たんですね、なんてご無沙汰だったんでしょう!棗君、私も同意見ですよ!お久しぶりです、皆さんに会えて本当に嬉しい!
暫く見ていなかった間に、皆は若干背が伸びて大人に近づいたようでした。
そうですね、思えば3年生に上がってから全くと言っていいほど家には来ませんでしたから。
棗君が今、寄るに寄れなかった・・・と零したのが気にかかると言えばかかりますが、今はまあ良いでしょう。皆元気そうでまた遊びに来た。もうそれだけで私は十分です。
「皆上がって。洗面所は覚えてる?あっちだよ。」
「おばちゃん、おやつありますか!紀伊梨ちゃんはチョコが食べたいです!」
紀伊梨ちゃんいらっしゃい。相変わらず笑顔で元気そうですね。また声が大きくなったんじゃないですか?
「相変わらず図々しいw出禁を食らっても知らんぞw」
棗君いらっしゃい。なんだかちょっと体つきがしっかりしました?やっぱり男の子ですねえ。
「紀伊梨ちゃん、お靴・・・」
紫希ちゃんいらっしゃい。怪我したと聞きましたが、大丈夫ですか?元気が一番です、気を付けて。
「・・・・・」
千百合ちゃんいらっしゃい。ちょっと髪が伸びましたか?・・・千百合ちゃん?
「・・・・・」
・・・あ、あら?千百合ちゃん?どうしました?上がって下さい、千百合ちゃん?
しかし一向に玄関のタタキから微動だにしない千百合ちゃんに、精市君が振り返りました。
「皆、行ってて。・・・どうしたの?上がってくれて良いよ。」
「・・・うん。」
「・・・・・」
「・・・・・」
うん、と返事をしながらも千百合ちゃんは上がりません。
いや、のろのろ・・・と靴はその場で脱ごうとし始めましたが。
「・・・・・」
その動きも途中で止まります。
精市君もちょっと困ったように笑っています。
「・・・どうしたの?何か困ってる?」
「・・・・わかんない。」
「分からない?何が?」
「上がり方が。」
上がり方が分からない?
上がり方も何も・・・普通に、皆が上がったように上がれば良いんですよ?
おかしな事を言う千百合ちゃんだなあ・・・と思っていましたが、千百合ちゃん自身これでは伝わらないとわかっているのでしょう、言葉を探すように視線を下げました。
「・・・あの。」
「うん。」
「・・・何か、なかったっけと思って・・・」
「何が?」
「こう・・・作法的な。」
「作法?」
「あの・・・初めて上がる時の・・・」
初めて?
別に来るのも上がるのも初めてではないのに。
訝しがる私を他所に、精市君は一瞬キョトンとした後、段々顔が綻んでいきました。
「・・・ふふっ、ふふふっ!ごめんね、ふふふ・・・」
「私じゃないわ!兄貴が何かあるんじゃないのそういうのとか言うから・・・」
「そうだったんだ・・・あはは!ごめんね、本当にごめん、つい。」
「・・・もういい、もう上がる。」
やっと普通に靴を脱ぎ始める千百合ちゃん。
さっきまでと一転、心なしかせかせかした動作で上がろうとする千百合ちゃんに、精市君は待って、と優しく言いました。
「・・・何。」
「俺も作法があるのかは知らないけど・・・はい。」
タタキの上から両手を差し出す精市君。
千百合ちゃんは戸惑いがちに、精市君の手と顔を交互に見比べます。
「・・・そっちは別に何もしなくてよくない。」
「どうして?」
「上がるのは私じゃん。」
「迎えるのは俺だよ。」
精市君は優しく笑いました。
「俺も、彼女を家に上げるのは初めてだから。」
だから、何か粗相があったら言って。
と言う精市君に、私は驚いたより納得してしまって。
もし私に声があれば、多分ああ、と溜息交じりに言ったのが2人に聞こえたでしょうね。
改めまして、いらっしゃい千百合ちゃん。
ようこそ幸村家へ、なんて。
そんなちょっと偉そうな事を思わず思ってしまった、もう夏休み直前のある日のことでした。