100話記念企画 No.087

ところが、この疑問は存外あっさり解決する事になった。
昼休み、クラスに柳が出向いて来たからだ。

「お?柳!」
「丸井。」
「どうした?何か連絡?」
「いや、部活の用事ではないんだ。五十嵐に。・・・おい、五十嵐。」
「およ?あ、やなぎー!おっつー!・・・?にゃにこれ。」
「職員室に行ったら上里先生から渡された。追加の課題だ。」
「えーーー!やったじゃん!もーやったじゃん!」
「不十分だったんだろうな。」
「おーのおおおう・・・・」
「ははは!」

笑う丸井は、ふとこの時朝の話を思い出した。

そうだ。
柳も知ってるかもしれない。

「なあ柳?話変わるんだけどさ。」
「?何だ?」
「人魚姫ってあるだろい?童話の。」
「ああ。」
「あれって、何でああいう話か知ってる?」
「ああいうというと、どこを指してるんだ。」
「ほら、バッドエンド的な。」
「あ!それ紀伊梨ちゃんも聞きたいー!」

ああ、と柳はすぐ得心した顔をした。

「そうだな、そもそもの話からすると。」
「「うん。」」
「日本の昔話は文化圏が違うので一先ず置いておくとして・・・所謂海外の童話でハッピーエンドのもの。シンデレラだったり白雪姫だったり。そういう童話とは筆者からして違う。」
「へえ・・・」
「シンデレラ等が属するのは、所謂グリム童話だ。これは厳密には原作者不詳・・・民間からどこからともなく語り継がれてきて、グリム兄弟が子供向けの話として編集・改定を加えた。」
「改定までしてんの?」
「そもそも本当のシンデレラや白雪姫といった話はかなり残酷で救いがない話なんだ。そこを子供のためにハッピーエンドにしたのがグリム童話で、現在の日本ではこちらの編集後の話の方が有名だな。」
「はー・・・」
「?????」

プスプスと早くも頭がオーバーヒートしそうな紀伊梨。
後でもっと簡単に説明してやるからという柳はやはり面倒見がいい。

「話を戻そう。今言った通り、殆どの海外の童話はグリム童話に属するが、例外が幾つかある。人魚姫もその例外側で、これはアンデルセン童話だ。」
「ああ!そういやそうだっけ。」
「そうだ。これははっきりとアンデルセンが書いたとされているもので、だからアンデルセン童話と言われているわけだが・・・要は、アンデルセンが一人で書き、一人で発表したわけだ。従って、グリム童話と違ってはっきりと、アンデルセンの個人的なメッセージや思想が色濃く出ているわけだな。」
「へえ・・・ん?」

個人的な思考が色濃く出ている。

「え?色濃く出てる結果があれ?」
「そうだ。更に、言わなければ話が進まないのではっきり言うが、アンデルセンには男色の趣味があった。」
「・・・マジ?」
「ねーねー、だん・・・む!」
「後でな、後で。」
「まあ今の時代なればこそゲイだからということで表立って後ろ指刺されることも少なくなってきたが、アンデルセンが生きていた当時は勿論そんな甘い時代ではなかった。その世間から冷たい目で見られていた恋心を描いたのが人魚姫とされているな。」
「へえ?」
「人魚は足と引き換えに声を失う。しかもその足は、表面上は普通であっても歩く度に痛むとある。この人魚はまさにアンデルセンそのものだ。王子に近づく度に恋心が痛んでも、伝えるに伝えられない、そういうアンデルセンの悩みそのものを人魚は抱えているわけだな。」
「ああ、まあ。確かにそっか。」
「引き換え王子と結ばれる人間の姫は、本物の女性の事だと言われている。男性であるが故・・・つまり、本来結ばれるべきでない種族である故に苦しむ人魚との対比で、堂々と王子の隣に寄り添える存在として姫役が登場するわけだ。ここまで来ると、ラストがああなのも納得がいくだろう?」
「ああ・・・」

人魚姫は王子を殺すことが出来ず・・・つまり我を通しきることが出来ず、思いを伝えられないまま消えてしまいました。
王子に恋心に気づいて貰うことも出来ず。

成程。

確かに納得いく気がする。

「そう言われると、逆にハッピーエンドだと不自然って気もすんな。」
「だろうな。とはいえ、童話としてはかなり説明不足な点も多い話故に、最近はハッピーエンドに改変されることも多いが。」
「ま、確かにあれだけ読んだら、なんでわざわざバッドエンドにするんだよって気持にもなるな。」
「・・・ぷは!ねー!結局なんで人魚姫さんは消えないといけないのー!?」
「お前話聞いてなかったろい?」
「聞いてたよー!むつかし過ぎてわかんなかったのー!」
「まあかなり簡単に言うと、作者が人に言えない恋をしていたから、人魚姫でそれを表そうとしたんだ。」
「なんで?言えば良いじゃん!」
「あのな。」

話聞いてたんだろうか。
いや、聞いてたとしても紀伊梨はこうか?何せ初恋もまだだそうだし、言いたいのでも言えないの的な気持ちはわからないのかもしれない。

柳も苦笑している。まあ此奴はこうだろうなあと思っているのだろう。

「まあ、他人から見れば当たって砕けるのも悪くないと簡単に思えるかもしれないが。」
「砕けた後があるだろい。ま、五十嵐はわかってねえみたいだけど。」
「何をー!わかんないけどー!」
「ほら。お前、絶対人魚姫とかになれねえタイプじゃん。黙っとくとかそういうの一番苦手じゃねえ?」
「そもそも、足が痛いのを無理して平気な振りをするという時点で無理がありそうだな。」
「いや、よく考えたら王子に近づくのに人魚じゃまずいっていう発想がそもそも無さそうだろい。」
「ああ確かに。最初から人魚の姿そのままで王子にへばりついて居そうだ。」
「だってー!そっちのが簡単じゃーん!紀伊梨ちゃん昔からわかんなかったんだよ、どーして人魚さんってあんなに見つかりたくないのー!?」
「そういう掟なんだ。」
「紀伊梨ちゃんはもし人魚だったとしても!むつかしいルールは!忘れます!」

もう作品の根底からひっくり返るような事を平気で言ってる紀伊梨。
ただまあ、紀伊梨ならそうするだろうとは確かに思うけど。

「それに、そーんな事言ってるけどさー!ブンブンだって、似たよーなもんじゃん!」
「俺?」
「ブンブンは男子だけどー!もし男の人魚とお姫様の話だったら、ブンブンだって人魚のまま近づいてくタイプだよー!」
「んー・・・まあそう?そっか、言われてみりゃそうかも。」
「お前達はそもそも、嘘や縛りに向いてないからな。」
「ま、面倒だし?」

紀伊梨もそうだが、丸井も嘘とかルールとか苦手である。
そしてそんな自分をよく知っているので、もう元から変な嘘は吐かない。吐いたって後で自分の首を絞めるってわかっているからだ。

「後五十嵐もだけど、俺達好きな奴に目の前で誰かがべたべたしに行くの黙って見てるとか無理。」
「あー、それもわかるー!何かさー、言えないんだったら抱きつきに行ったら良いんだよって思う!」
「な。別に態度まで隠さなくて良くねえ?」
「ねー!」

柳は小さく笑った。
絶対バッドエンドにならなさそう。ちょっと面白そうだけど。

「何?」
「いや。たくましい人魚姫も居たものだなと思っただけだ。」
「あ!じゃあさじゃあさ、やなぎーならどう?」
「俺か?」
「そう!人魚になって、人間の好きな人が出来たら!」
「ふむ・・・」

暫し思案する柳。
人魚になったらどうするか。

「・・・そうだな、俺も一先ず人間のフリをして足を生やすような真似はしないな。」
「あ、やっぱり?痛いのやだよねー!」
「いや、痛い痛くないの前にもっと重要な話がある。」
「「?」」

「いいか、足を生やして声を差し出してしまったらだ。それを最後に、もう選べる道は結ばれるか、さもなければ自分が死ぬか相手を殺すかの3択になってしまう。」

人魚は別に消えたくて消えたわけじゃない。
足を得た時、声と同時に王子と結ばれなければ自分は消えるという枷を付けられるのだ。そしてその結果、どうしても無理そうなら魔法を無効にするために王子を殺せと姉妹からナイフを渡される。

「おちおち振られることも出来なくなるわけだ。それなら、逸って足を貰う前に人魚のままやれる事をやってからにするべきだな。」
「はあー・・・さっすが、計画的。」
「えー!?でもぐずぐずしてたら他のお姫様・・・えーと、やなぎーは男の子だからライバルは王子様?その人に取られちゃうよー!」
「なればこそだ。時間との勝負なら猶更、準備は念入りにするべきだな。」
「ほえー・・・」
「すっげえ賢い人魚姫。」

確かに童話の中の人魚姫は少々猪突猛進というか、もうちょっとじっくり考えたら?と思う場面がちょくちょくある。
柳が人魚ならそういう場面で絶対勢いに任せたりはすまい。

「てゆーか、人魚姫って足を生やしたから?だから消えなくちゃいけなかったんだっけ?」
「ま、その辺は色々あるんじゃねえ?子供向け絵本なんかだと、結構色々端折られたりしてそうだろい。」
「そうだな、童話というのはえてして小さい頃から知る故に、意外と原本は知らなかったりするものだ。なんなら、確かめに行くか?」
「え?」
「どこへー?」
「お前達、図書室は何のためにあると思ってるんだ?」


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