100話記念企画 No.087
結局、思いの外説明に時間がかかりそうということで柳は抜けた。
代わりに暇だからという理由で千百合が加わり、今は紀伊梨、千百合、丸井の3人で図書室へ足を向ける。
「ふっふふーん♪紫希ぴょん居るかなー・・・あ!そーいえば真田っちも居なかったー!」
「ああ、何か真田はタオル借りたから返しに行くとかで。D組行ったわ。」
「寄る?」
「寄らね。」
流れるように寄るかと聞く丸井と、やっぱり流れるようにしないという千百合。
こういう所、別クラスとは言っても馴染んで来つつある証拠である。
「えー?なんで、覗こうよー!そこだよ?通り道だよ?」
「そうやって寄り道しまくりだから図書室がやたら遠いんじゃん。」
「ま、遠回りしてたり逆走してたりってわけじゃねえんだし、良いじゃ・・・お。居た。」
D組に廊下からふと目をやると、幸村と真田。それから柳生も居た。3人で話しているということは、どうやらタオルの貸し借りは終わってるらしい。
「おーい!3人ともー!」
「む?」
「おや。」
「やあ、3人とも。珍しいね、そのメンバーで集まってるんなんて。」
「ふっふーん!聞いて驚けい!なんと紀伊梨ちゃん達は図書室に向かってるのだー!」
「春日に会いに?」
「まあそれもある。」
「いつからよ。」
千百合のつっこみに幸村と柳生は遠慮なく噴出した。
「それもあるということは、他の理由もあるのか?」
「うん!あのねー、人魚姫読みに行くのー!」
「何故また?」
「まあ五十嵐が唐突なのは昔からだから。」
「ねーねーゆっきー!」
「うん?」
「ゆっきーが人魚だったら、お姫様と結ばれるためにどーする?」
「・・・・・・俺が主人公だったら、どうするかって話かい?」
「そー!」
流石に話が早いなあ、と思いながら周りが見ている中、幸村は思案し始める。
もし自分が人魚だったら。
「・・・何もしないかな、一先ずは。」
「えー!?」
「ほう、意外だな。」
「ええ、幸村君は真っ先に陸に上がるタイプかと。」
「事と次第によっては上がるよ。」
「・・・何、事と次第って。」
「人魚姫っていうのはほら、先ず人魚側が人間側を好きになるわけだろう?」
「うんうん!」
「そして、嵐の時に落ちたのを助けて、陸に上がるのはその更に後になるけど、それまでだって人間側の動向は伺えたわけだから嵐の後でもやろうと思えば出来ると思うんだ。」
「まあ出来なくはないと思いますが・・・」
「・・・あれ?」
丸井はふと思い至った。
「でもさ、動向を伺ったとしても人間側はもうお姫様・・・例え話だったらえーと王子様?が、好きになっちまってるわけだろい?遅くねえ?」
「うむ、確かに。気を引くために上がるのであれば、早い方が何かとーー」
「いや、良いんだよ。気を引くために上がるわけじゃないからね。」
「え?違うの?」
「じゃあ何のために上がんのよ。」
「一旦話を戻すけれど、嵐の後も陸に上がらないで動向を伺ったとするだろう?そしたらいずれ耳に入ると思うんだ、意中の人に他に良い人が居る事や何かはね。」
「うんうん!」
「そしてその話を聞いて、そんな男には任せておけないなって思ったら俺は陸に上がる。」
「・・・ん?」
「それって・・・」
「ゆっきーが王子様の代わりしに行くって事ー?」
「そう。」
「おお!じゃあじゃあ、ライバル役の王子様は、ゆっきーよりがっちりお姫様を守れる人じゃないとダメなわけですな!」
「そう。」
無理では?
と紀伊梨と幸村を除く全員が思った。
一応設定上ライバルの人間側も身分のある逸材なので立ち居振る舞いが人魚より優れていない可能性は低いわけだが、それでも幸村を上回る男にはなれるかどうか。
甘い見通しでいけると思える奴が居るなら、そいつはよっぽどの身の程知らずか阿呆であろう。
「まあでも、さっきも言ったけど目的は好きな人を守ることだから、あんまりアプローチというか自分を見てくれっていうつもりはないんだけどね。やっぱり両想い同士で結ばれるのが一番だとは思うし。」
「そーお?でもゆっきーだったら、お姫様に無視されるって事はないと思うお!」
「無視されるどころじゃなくねえ?」
「ええ、ライバルの王子より目立つことも十分あり得ると思いますよ。」
「うむ。お前自身にそのつもりはなくとも、少なくとも一度は姫もお前を目に止めるだろう。」
「そうかな?どう?」
「え。」
今までふうんと思って聞いてたのに、急に水を向けられてちょっとたじろぐ千百合。
いや、どうも何も。
「・・・何で私に。」
「お前以外誰が居るんだよい。」
「えー、千百合っちだったら絶対ゆっきーを選ぶっしょ?選ぶよね?」
「・・・・・」
要はさっきの逆。
自分が人魚に助けられたお姫様側だったら、という話。
(・・・え、でもさ。)
人魚が幸村ということは人間は幸村以外の誰かということであって、その人間とやらを好き?自分が?人魚の幸村を差し置いてそっちの方を好き?
無理筋では。
「・・・え、ごめん無理。想像がつかなさ過ぎて。」
「えー、何でー!?」
「そもそもだけど、一回命を助けてくれたからって理由で結婚考えるくらい好きになれって言われても。」
「まあその辺りは正直、話のための都合ですからね。」
「確かに現実として考えろと言われると、いかに命の恩人と言えどもな。」
「そっかなー?助けてくれるってかっこいいと思うけどなー。」
「いやそりゃかっこいいけどさ。きっかけとしては十分だろうけど、それで結婚がどうのとかって言われたら、確かに窮屈だろい。」
「じゃあじゃあ、何回もかっこよく助けてくれたら好きになる?」
「「「それは幸村(君)の方が上手い。」」」
そもそも、原作の人魚姫でもライバル役が「助けた」というのはあくまで浜辺に打ち上げられているのを「助けた」に過ぎない。
いうなれば偶々なのだ。
海の中で助けたのは人魚の側だし、しかもその人魚が幸村ならと言われると、正直よっぽど必死にならないと同じ土俵には立てないと思う。
例えフィールドが海から陸に・・・いうなればアウェーになってもだ。
「まあだから、聞かれてもそもそも前提が破綻っていうか。」
「そっかー。」
「良かった。俺にも芽がありそうで。」
「芽・・・」
言いやしないけど、芽がどうのとかいう問題ですらない。千百合的には。
正直なところを言うと、生まれてこの方そういう意味でかっこいいと思えるような男子って幸村以外見当たらないし。
多分これから先もそうだろうし。
「真田っちはー?」
「む?」
「人魚だったらどーする?」
「無論上がる。」
即答。
やっと居た、一も二もなく陸に上がる人。紀伊梨のテンションが一気に上がる。
「やほーー!やっと居たよ、人魚姫ー!真田っち男子だけどー!」
「正気か?損しかしなくね。」
「しかし、人魚姫というのはそもそも話の中で王子が好きなのだろう?」
「まあ、そうですね。」
「嵐の中危険を顧みず、人間に見つかることも恐れず助けるほど惚れ込んでいるのだろう?」
「おう、まあ。」
「そこまでするのなら、陸に上がるだろう。」
「弦一郎ならそうだろうね。」
真田がそこまでする時というのは、もう腹が決まっている時なのだ。
絶対この人がいい、と自分の中で決めている時。
「でも声は出ないけど良いにょ?」
「声くらい何の問題もあるまい。」
「寧ろ声ない方がモテるんじゃないの、うるさくないし。」
「やかましいわ!」
「寧ろ、足の痛みの方が問題としては大きいだろうけどね。」
「真田君なら、無視してしまうでしょう。」
「鍛え方が足らん!とか言って無駄に歩きそうだよな。」
いかにもやりそうである。
足の痛みは呪い由来なので鍛え方がどうのとかいう問題でもないけど、この男は精神論で片付かないことでも精神論に持っていこうとする節があるので。
「でも、弦一郎ならハッピーエンドじゃないかな。日和らないし。」
「ひよ?」
「態度がふらふら変わらないという意味ですよ。」
「人魚姫って日和ってたっけ?」
「あれじゃねえ?ほら、人魚って陸に上がった後に王子に好きな奴が居るって分かるじゃん?」
「そうだね。それで態度がやや変わっってしまったというか、不利を自覚してしまったから振る舞いが変わってしまった所が本来の人魚姫にはあるんだけれど。」
本来の人魚姫にはね。
真田には。まあ、真田には・・・
「解せん。」
「げせ?」
「分からんという意味だ。出遅れているのなら猶更気合を入れて精進せねば、同じ土俵に立てんだろう。」
「ま、お前ってそういう奴だよな。」
「どういう意味だ?」
「貶してねえよ、らしいなって言ってんの。」
「テニスと一緒にすんじゃねえよ。」
「まあ、テニスがどうのというより、物事に対する真田君の基本姿勢がああなのでしょう。」
「ふふ。でも、それでハッピーエンドになれるなら良いじゃないか。弦一郎なら、スタートダッシュが多少遅れても振り向いて貰えると思うよ。」
恋愛に限らないが、真田の方針というのは基本1パターン。
押して駄目ならもっと押せ、押し通せ。負けを認めるのはその後。
ライバルが云々以前に最後まで食らいつかないと気が済まない性格をしている真田は、多分人魚だろうと他の種族だろうと多分最後まで真田のままだろう。
「えー、じゃあさじゃあさ!もしダメだったら?」
「む?」
「ほら!最後の方にさー、泡になって消えちゃう前にこれで王子様を刺せ!ってナイフを貰うっしょ?真田っち刺すの?」
「刺さん!俺を何だと思ってるんだ!」
「えー!だってー!」
「当たり前だろう!何故好いている者を自分に靡かないからと言って殺さねばならんのだ!」
「いやでも、この場合殺さないと自分が死ぬじゃん。」
「猶更だ!自分が生きるために代わりに死んでくれなどと、恋の相手でなくとも恥ずかしくて頼めるか!」
命がかかってるんだから恥ずかしくはないだろうに、それを恥と捉えるあたりがいかにも真田。
「まあ、それでなくても好きな人を殺すというのは難しい気もしますが。」
「柳生ならどうする?」
「私ですか?そうですね・・・気が向いたら上がるでしょうね。」
「マジで。そこ慎重じゃないんだ。」
「元々、分の悪い賭けは嫌いではないので。パッと派手なことをするのも一興とは思いませんか?」
「あははは!俺、お前のそーいうとこ好き。」
「どうも。」
柳生は結構こういう処がある。
慎重になろうと思えばなれるけど、面白そうだからしないでおこうという享楽的な発想。
こういう部分が仁王と気の合う所でもあり。周りをちょいちょい驚かせるところでもあり。
「やーぎゅも刺さないの?」
「しません。そうですね失恋が確定したらその後は、せいぜい消えるまで陸の風景でも楽しみますよ。」
「ほう、余裕があるな。」
「元々人魚姫は陸に憧れていたという設定があったと思いますし。夢の地に来ているんですから、どうしようもない事を嘆き続けるよりは、最後まで楽しく自分らしく過ごしたいですね。」
「あっさりしているね。食い下がったりしないのかい?」
「自分ではどうにもならない事が世の中にはありますから。」
世の中にはどうにかなることとどうしようもないことがある。柳生はどっちかというとそう思う派だった。勿論どうにかしようと頑張りたいと思ったら頑張るだろうが、それはそれで自己満足ということをちゃんと知覚している。
「誰かを好きになるなどということは、その最たる例だと思いますしね。自分を見てくれるように努力することは出来ますが、頑張ったからと言って必ず報われることはありません。勿論努力も必要ですが、やはり多少は運と縁も必要ですよ。」
「ほー・・・」
「何です?」
「やーぎゅって、誰かに振られた事あるのー?」
「ありません。」
紀伊梨の発言に、何人かは内心でぎくっとした。
まさか言わないけど、ちらりと同じことを考えたのだ。もしかして似たような失恋した事あるのかな、なんて。
「そっか!何か、人魚姫っぽい恋愛したことあるのかなーって!」
「ないとは言ってません。」
「へ?」
「振られた事がない、と言ったんです。告白までに至りませんでしたが、そういう片思いをしたことは・・・」
「あるの!?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・ふっ!」
柳生は口を手で押さえて噴出した。
「ははは。すみません、冗談ですよ、冗談。今の話も、あくまで考え方を述べたまでです。そんなはらはらした顔をなさらないで下さい。」
「えー!?もー、びっくりしたじゃんかー!」
「いえ、まさか信じるとは。」
「信じるよもー!やーぎゅの馬鹿ー!もー!」
(・・・冗談?)
(冗談か?)
(まあ本人が冗談と言っている以上、冗談なのだろう・・・・)
(そうだね、そういう事にしておこう。)
冗談と見せかけて本当のような気がしなくもないが、同時にいかにも本当みたいな冗談を言うのが上手いのも柳生の特徴。
頼むからそういうぎくっとくるタイプの冗談は止して欲しいのだが。
「ところで、そろそろ行かなくて良いのかい?昼休みはまだあるけど、図書室へ行ってからも本を読むんだろう?」
「おお!そーだった!」
「じゃ、行くか。黒崎、お前残る?」
「残らないっつってんだろ。」
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