100話記念企画 No.036




『さくら、咲け!』

爽やかな笑顔で、女子高生アイドルが飲み物を笑顔で飲むCM。
そう、今は受験シーズン。

「さくら、咲け。ねえ。」
「マジで咲いてマジで・・・もう本当にさあ、頼むよ神様・・・」

テレビのついたリビングで、千百合と兄の棗はぐったりモードである。

「妹ー・・・お前どうだった、判定・・・」
「ギリギリA・・・後5点下がったらBと思う。」
「マジかよ・・・」
「兄貴は?」
「総合でAだけど・・・国語がやばい、足切あったら絶対俺落ちてるわ・・・」
「それもそれでやばいな。」

当時小学6年生だった千百合達は、立海への入学をかけて中学受験に臨もうとしていた。

勉強漬けの毎日。
本当はもっと遊びたいのに、周りの所謂お受験しない普通に公立に行く同級生から「大変だなあ」という目で見られながらガリガリやる日々。

自分たちで決めたとはいえきつい。

「母さん・・・こーひー・・・ぶらっく・・・」
「小学生はあんまりカフェイン摂るなってば。せめてカフェオレにしろ。」
「みゃああああ・・・」

兄の汚い鳴き声を聞いてぼーっとしていると、家の固定電話が鳴った。

「はい、黒崎ですが。」
『もしもし、幸村です。千百合かい?』
「ああ、うん。どしたの?」
『さっき部屋の片づけをしてたんだけど、棗のテスト用ファイルが置きっぱなしで。忘れていったんだと思う。』
「ああ・・・」

千百合達は、本当につい今しがたまで幸村家で勉強に励んでいたのだ。
帰る時も、もう極限まで脳みそ使ってへろへろしていたので、こうしてお互いの家に忘れ物というのもよくある話。

『学校で渡しても良いんだけど、明日も塾の方でテストがあるだろう?今日の夜に要ると思うから、棗に取りに来るように言ってくれるかな?』
「・・・・・」
『千百合?』
「・・・いいや。私が行く。」
『えっ?』
「いや、もう頭がしんどくて。ちょっと外歩きたいから。」
『ああ。ふふっ!わかった、じゃあ俺が届けに行くよ。』
「は?」
『女の子一人は危ないよ、もう暗いし。だから俺が届けに行って、その後一緒にちょっと散歩に行こう。どうかな?』
「・・・・わかった。」
『うん。じゃあ今から出るから。』

待ってて。

電話で話す時は、いつもこうして耳元で囁かれてる気がして、千百合は未だに恥ずかしくて慣れない。





そうして千百合は幸村と散歩に出た。
12月の夜は寒くて、息を吐くと白くなって空に消えた。

「何か今日、普段より寒くない?」
「ああ。なんだか、今日辺りから雪が降るかもしれないらしいよ。」
「・・・・・」
「・・・家に居た方が良かった?」
「うん。」
「あははっ!」

千百合はこういう時、甘えてるなあと思う。そもそも付き合わせてるのは自分なのに、幸村は言い出しといてなんだよとかそんな事一言も言わないで、ただ隣を笑って歩いてくれる。

「・・・あ。」
「?」
「千百合、ちょっと寄って行こうか。」

幸村が指さしたのは公園だった。
千百合も何度か行ったことがある、普通の公園。

「良いけど何すんの?」
「確か自販機があったから、何か買おうかと思って。俺も少し寒いんだ。」
「ああ、なる。良いよ。」

17時過ぎだけどもう真っ暗の公園は誰も居なかった。
そのくせ外灯だけは煌々と点いていて、なんだか不思議な眺めだった。

(・・・あ。)

そういえば、あの辺の一角。

「ごめんね、お待たせ・・・どうしたの?」
「いや、なんでもない。あの辺。」
「あの辺?」
「桜が植わってたんじゃなかったっけって思って。それだけ。」
「ああ、そうだね。あれは桜だ。春になったら綺麗に咲くと思う。」

あの桜は春になったら絶対咲くのだ。
それに引き換え、こっちの桜はどうだ。待ってたって勝手には咲かない。咲かせなきゃいけないんだ、自分の力で。
もし出来なければその時は。

その時はーーー

「はい。」

突然視界に割り込んでくるお茶。
あったかそう。湯気が出てる。

「・・・何?」
「千百合の分だよ。勝手に買っちゃったけどね。」
「いや、良いよ。」
「ふふ、まあそう言わないで。俺だけ2本も持ってても、どうしようもないよ。」
「それはそうかもだけど。」

はい、と手渡されたお茶はあったかい。
飲むと染みわたる。じわあ、と体の芯から温まる感覚。

もし桜が咲かなければその時は、こんな日常も消えるんだろうか。
もしかしたら、今ここに立つのが他の誰かになるのかもしれない。

「・・・精市。」
「うん?」
「あんまり頑張るのとか得意じゃないけど、頑張るから。」
「え?」
「頑張って合格する。」

本当は頑張るのとか死ぬほど嫌いなんだけど、他にどうしようもないのならやるしかない。
お茶を持つ手にちょっと力の入る千百合に、幸村は目を丸くした後にふっと微笑んでくれた。

「有難う。俺も頑張るよ。」
「そっちは頑張る必要ある?」
「勿論。それこそ蓋を開けてみて、俺だけ落ちたなんて事になったら笑い話にもならないし。それに、テニスの方もオフシーズンとはいえ何もしなくて良いわけじゃないから。」

そうか、そういえばそうだった。元来、自分達より多忙なのだ、この男は。
倒れないだろうな・・・とか思いつつ、見た目に反して誰よりタフだから、多分大丈夫だろうけど。

「でも体は気をつけなよ。」
「大丈夫、俺は無敵だから。」
「どういう事よ。」
「だって、大好きな彼女が俺のために頑張ってくれるって言ってるんだよ?」

スケジュールがきついなんて言ってられないじゃないか、と笑われて、千百合はマフラーに顔を埋めた。




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