100話記念企画 No.036





なんてそんな話をした、僅かに1週間と少し後の話だった。

千百合は情けなくて泣きそうになった。


「あー・・・」
「お母さん・・・どう・・・」
「39度。」
「学校は・・・」
「無理。大人しく寝てな。」

千百合はあっさり風邪をこじらせた。
何が原因というのも心当たりがない。多分、順当に寒さに負けて風邪をひいたのだ。

(なんでこんな時に・・・!)

自分で言うのもなんだけど、普段滅多なことで風邪なんてひかないのに。どうしてどうして、こんな大事なタイミングで寝込んでしまうんだ。

ほら飲んで、と母が手渡してくれた甘いペットボトル飲料には、先日CMで見たアイドルとあのフレーズ。「さくら、咲け!」の印字。
母に他意なんて無いとわかっているが千百合は泣きそうになった。何がさくら咲けだ、こんなんじゃ咲くものも咲かないわ。ばーかばーか。

罪のない女子高生アイドルの写真に悪態をつきながら、千百合はまた寝かされた。
昼ごはんの時にまたお粥持ってくるからね。何かあったら子機を置いておくからすぐ内線で知らせなよ。水分は取ってね、と言い残して出ていく母。
ああ、今日が始まる。学校の授業が、冬期講習が。

「ーーーーー!」

悔しくて悔しくて、千百合はやけくそ気味に布団を被った。




「・・・・・・?」

そのまま眠った千百合は、起きてぼんやり目を開けた。
寒い。熱い。それだけで、まだ発熱してるのがわかる。

(今、何時・・・?)

時計どこにあったっけ。もう昼過ぎてる?昼食はどこに行ったの?それとも、まだ朝?

ああ、でもなんだか頭の下が冷たくて気持ちいい。後、いい匂いがする。卵粥かな。
でも食べる前に何か飲みたい、と思って、ペットボトルが置かれてた方向を見ると、ボトルが消えている。

「あれ・・・」

「少し待ってね。」

聞けるはずのない声にびっくりしている間に、千百合の肩の下に腕が回って抱き起こされる。目の前に差し出されるお粥。それと吸い飲み。

「・・・・・・」
「はい、飲んで。お粥は熱いから気を付けてね。」

そう言って自分の肩を抱いているのは、間違いなく幸村であるが。

「なんで・・・」
「なんで?」
「今何時・・・?学校は?塾は・・・」
「今はお昼過ぎだよ。塾はまだ。学校は早退した。」
「そうた・・・え?」
「頭が痛いので帰りたいです、って。」

べ、と舌を出して笑う幸村。

・・・此奴。

「そんな事、バレて内申で落ちたらどうすんの、」
「ふふっ!バレたとしても、学校も進んでこの子は仮病を使って早退しましたなんて書かないよ。大丈夫。それより、食べられる?あったかいうちの方が良いよ。」

確かに、幸村のことはさておいて、何か飲み食いしないと治らないのは事実だ。
千百合は冷たい・・・多分幸村が氷を入れてきてくれたのであろうスポーツ飲料を飲んで、レンゲを手に取った。

「火傷、気を付けてね。」
「ん・・・・」

熱い。美味しい。いや、まだあんまり味はよくわからないんだけど。
でもこうして、幸村に寄り添われながら食べるご飯は美味しい、と思う。

「・・・お母さんは?」
「今買い物だよ。」
「買い物・・・」
「そう。昼に来たんだけど、迷ってらしたんだ。買い物に行きたいけど、置いていくのは不安だからって。だから留守番しますって言ったら入れてくれたよ。タイミング次第では、ちょっと追い返される所だったけど。」
「そりゃそうでしょ。」

風邪ひきの我が子を、訪ねてきたとはいえ受験生の他所の子に見させるなんて普通はやりたくない。移ったら事だし、責任とれないし。
あの母の事だから大分渋ったのではないかと思うが、幸村は平気そうな顔をしている。どうやったんだか。

「・・・あの。」
「うん?」
「来てくれて嬉しいけど、もう良いから下へ行ってなよ。移るから。」
「移らないよ、大丈夫。」
「大丈夫なわけ・・・えほ!ごほ、ごほ、」
「大丈夫?ええと飲むもの・・・待ってね、今入れるから。」

そう言って幸村が継ぎ足してくれる飲み物。あのペットボトルの中身が吸い飲みに移されていく。

さくら、咲け。

「・・・帰って。」
「千百合?」
「良いからもう、大丈夫だから。」
「どうしたんだい、急に?俺なら大丈夫ーーー」
「それで落ちたらどうすんのよ!」

普段ならこんな事で千百合はいちいち声など荒げない。
でも、つくづくこの時は気が弱っていた。
ただでさえ慣れない受験の準備に日々追われて疲れているところに、追い打ちをかけるように風邪をこじらせて、もう体も心も小学6年生だった千百合にはしんどさの極みみたいな状態だった。
逸る気持ちに反して、何一つ思い通りになりやしない。

「分かってんの?精市は誰より通らないといけないんだからね!こんな所で風邪ひきの相手してる場合じゃないし、それこそ私もうこれで4日も休んで、これで落ちるかもーーー」
「千百合。」

幸村は千百合の頭を抱えるように抱き寄せた。

「大丈夫、大丈夫だよ。これくらい休んだからって落ちたりしないし、俺だって風邪の一つや二つもしひいてもそれで不合格になったりしない。」
「・・・・・・・」
「焦らないで、平気だから。俺も千百合も皆も必ず通るから。そんなに心配しないで。」

ね?と顔を覗き込まれた時には千百合は幾分落ち着いた。
幸村にはこういう所がある。状況は何も変わっていないのに、幸村が大丈夫と言って笑うと、不思議と大丈夫な気がしてくるのだ。
それは、今まで幸村が大丈夫と言って大丈夫じゃなかった試がないからという経験則からの話かもしれないし、幸村の顔が、声が、抱きしめてくれる腕の力強さが、こうしてる間にも言外に大丈夫、落ち着いて、大丈夫と頻りに語りかけてくれるせいかもしれなかった。

「それよりも、今は食べて飲んで。それから俺をここに居させて。折角っていう言い方はなんだけど、早退はもうしちゃったからね。」
「・・・それもそこまでしなくて良かったのに。」
「どうせ学校に居てもあんまり身が入らないから。そろそろ心配で集中力が切れてきた頃だったし。」

女の子みたいな顔でおかしそうに笑うのに、思考の流れとか行動の理由は男の子そのもので千百合はちょっと面白くなった。

いや。
女の子みたいな顔、って思うのはもしかしたらイメージか。
最初は確かに女の子にしか見えなかったけど、小1の時と卒業が目前の今を比べたら、幸村の顔つきの成長は確かに順当に男性の方向へ向かっている。柔らかく微笑んでることが多いから、気づきにくいだけかもしれない。

「・・・スプーン取って。」
「食べられる?温めなおそうか?」
「良い・・・ねえ。」
「うん?」
「・・・落ちないかな。」
「大丈夫だよ。」

やっぱり同じ所に行きたい。
一緒の中学生生活を過ごしたい。

焦りは落ち着いたけど、傍に居たい気持ちはいや増した気がして、ちょっと食べる手が早くなった。



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