100話記念企画 No.036



「ひっひっふー!ひっひっふー!」
「それ違うってw」
「先ず名前を書いて・・・科目を確かめて・・・回答欄を間違えないように落ち着いて・・・」

受験の時は皆同じ教室だった。
というか、元々小学校別に固められて受験番号が割り振られているので、同小の生徒は皆ほぼばらけないのだ。
それが今はとても有り難かった。千百合も口に出して言いこそしないが、一人だったら程度の差はあれ雰囲気に飲まれていたかもしれなかった。

「はあ・・・」
「なんだか、空気がすごいね。」
「・・・精市でもそう思うんだ。」
「思うよ。テニスの試合の時ともまた違う緊張感というか、雰囲気がね。全員が競る対象だからかな?」

例え一緒に頑張ろうね、一緒にあそこに通いたいねと語り合う仲間が居たって、受験というシステムは全員に惨いくらい平等である。
友達同士だからと言って、誰かが誰かのカバーを出来るわけじゃない。点数が足りない者は落ち、足りている者だけが受かる。そこに人間関係の入る余地なんてありはしない。


「ちょっと暖房効きすぎじゃね?」
「言えてる。ちょっとだけ窓空けたら?」
「そうだな、文句言われたら閉めたら良いか。」


見ず知らずの男子生徒が、そう言ってほんの僅かに窓を開けた。
その窓からは木が見える。今は冬だから、花なんて咲いてないけれど。

「桜だ。」
「え?」
「ほら、あの窓から見えてる木。あれは桜だよ。」
「・・・・・・」
「もし通ったら、春の間は桜を見ながら授業を受けられるね。」

そうか。そういう事になるか。確かに、教室から桜が見えるっていうのはそういう事だが。

「・・・もし通ったらね。」

いつもはこういうネガティブ思考は紫希の専売特許なのだが、今みたいな時は千百合も流石になんとかなるでしょ精神を発揮しきれない。もし通ったらああだねこうだね、みたいな話をされても、そんなの通るかどうかわかったもんじゃないのに。今の段階で未来に夢見てて良いのかよ。みたいな考え方にどうしても振れてしまう。

しかし、幸村はいつもと同じ顔でちょっとおかしそうに笑った。

「・・・何?」
「ごめんね、怖がってる千百合が新鮮で。」
「しょうがないでしょ。」

もう、泣いても笑っても今日で終いだ。
やり直しさせては効かない。今のなし、もう一回は出来ない。今日一日が、春からの3年を左右する。

はあ、と思わず吐息も重くなるというもの。

「よし。」
「?」
「じゃあ、俺が緊張しないおまじないをしてあげるよ。」
「掌に人と書いて飲むやつ?」
「違うけど、俺が昔時々母さんにやってもらってたんだ。最近じゃもう滅多にやらなくなったけどね。」
「ふうん・・・」
「じゃあ両手を出して。ハイタッチの時みたいな感じで。」

千百合が言われたとおりに両手を出すと、幸村はその手を恋人繋ぎで握った。

「ちょ、」
「ストップは言ってね。」
「は?」
「いくよ、せーの・・・」

幸村の目が僅かに細められた。と、思ったら、どんどん繋がれている手に力が入っていく。ぎゅっと握るとかそういうかわいいニュアンスじゃない。明確に強い力を入れられている。

「・・・・・・」
「まだ大丈夫?」
「・・・多分。」
「よし、じゃあもう少し。」
「・・・・・・っ、」

ちょっと痛くなってきた。というか、痛くはなくてもこれは血流が悪くなってる気はする。

「・・・痛い、」
「はい。」

ぱ、と力を一気に緩められて、手首から先にどっと血が流れ出した。今度はそのまま軽くきゅ、きゅ、と握られる。

「・・・ハンドマッサージなの?」
「ふふ!そんな根拠のあるものじゃないらしいよ。あくまでおまじない。これできっと大丈夫、って信じるためのものなんだって。」
「へえ・・・」
「ああそうだ、大丈夫って言いながらやると良いんだったかな?大丈夫・・・大丈夫。」

大丈夫。
大丈夫。
言われる度に、幸村の優しい声が頭に染み込んでいくような気がする。

不思議だ。
本当に大丈夫な気がする。

「あー!良いな良いな、おまじない紀伊梨ちゃんにもやってー!」
「ふふ、駄目。」
「駄目なの?なんで!?紀伊梨ちゃんは彼女じゃないからですか!?」
「それもあるけど、五十嵐は大丈夫って言われると油断して却って危なくなるタイプだから。」
「確かにwお前はやばいと思ってるくらいが丁度いい気がするw」
「えー、そんなー!」
「おし、紫希やろうw・・・紫希?」
「受験番号は最初と最後に二回確かめて・・・それから・・・」
「おーい!紫希ぴょん、どこ見てるー?こっち見てるー?」
「春日、帰っておいで。」

「・・・・・・」

千百合は窓からもう一度桜を見た。

見られるだろうか。春になったら。此処の校舎から、あの桜の咲いてる所を。

(・・・・大丈夫。)

大丈夫。


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