100話記念企画 No.012
それから仁王は本当に一日引っ張りまわされる事になった。
確かに金は出さなくて良かったし、実質交通費だけでついていく以外何もしなくて良かったといえば良かったのだが、ミントチョコ専門店を始めとして、ルビーチョコレート、チョコレートがけフルーツ、チョコフォンデュにチョコレートケーキに。フォンダンショコラ食べたくなったと言われた時は、自身が暑さに弱いのも相まって夏じゃぞ、今は夏。と突っ込んでしまった。勿論それが?と聞き返されただけだったけど。
「おい・・・」
「んむ?」
「まだ行くんか?」
「えーとね、後あれだけ行きたい!チョコアイス!あっちにねー、屋台があるの!」
「そうか。」
チョコブラウニークレープをはむはむしながら夕暮れの街を行く紀伊梨を、仁王はぐったりしながら後を追った。
ああ疲れた。精神的に。
結局今日の間で自分が飲み食いしたものというと最初のカフェモカフラペチーノだけだったが、あれだけで十分だった。もう体中チョコレートの匂いがしみついて、自分がチョコレートになったようで、香りだけで胸やけしそう。
(向こう3カ月はチョコレートを食う気になれんの)
「アーイスッ!アーイスッ!あ、そーいえば屋台だからテイクアウトしかない!」
「ああ、それは気にせんでええぜよ。もう夕方じゃき、そんなに言うほど暑くもなくなってきたナリ。」
「そお?じゃあオッケーですなっ!」
「お前さんは元気じゃな。」
あんなにチョコレートばっかり食べていて、よくもまあ一日はしゃぎっぱなしで居られるものだ。お菓子好きなのは知っていたけど、ここまで筋金入りだとちょっと尊敬する。
「ニオニオもアイス要るー?」
「要ら・・・ああ待て。チョコレートの以外もあるんか。」
「うん!バニラにする?抹茶もあるお!」
「ブラッドオレンジのシャーベットにしておくぜよ。」
「おー!さっぱり!」
「逆にお前さんはここにきてチョコレートを頼めるだけの余力がまだあるんか?」
「よろく?」
「いや、いい。」
どうやら余力も何も、普通に元気らしい。やっぱり人種が違う。
公園に佇んでいるアイスの屋台に並ぶ紀伊梨を見つつ、仁王は近くのベンチに腰を下した。
(こうしとると、子供を見とる父親の気分じゃな。)
いや、わが子ならもっと可愛いかな。
なんて考えながら座りながら頬杖をついてぼうっと紀伊梨を見ていると、誰かが足早に紀伊梨の後ろに寄ってきた。
男だ。高校生・・・いや、大学生くらいだろうか。
「・・・・・・・」
さっと周囲を見回す。
取りあえず近場に仲間らしき影なし。普通の公園だから、車とかは入ってこれないだろう。
仁王は取り敢えずもうちょっと見てる事にした。
あわよくば自分で振り払ってくれないかなー、とか思ったりなどして。まあ望み薄だが。
「ねえ、君。」
「ほえ?」
列に並ぶ紀伊梨は、仁王がついてきてない事には気づいていた。
ただ、ベンチに座ってるのはすぐ気づいたし、疲れてるのかなーとか思うだけで別に気にも留めなかった。離れられるとこういう目に遭う、という発想がそもそも乏しいのだ。
「アイス食べるんだろ?」
「うん!」
「そっか。奢ってやるし、ちょっと遊ばね?」
「お?」
遊ぶ。
遊ぶか。
うん、別に良いことは良いけど。
「ちょっと聞くね!」
「え?」
「おーい、ニオー!ニオニオー!おーい!」
仁王は紀伊梨のああいう所が実は結構心強いと思う。
紀伊梨は恥ずかしいとか、そういう余計な考えで一人で我慢したり判断したり、そういうことをしない。何かあったら、実に遠慮なく周りに助けを求められる。
しかし、それはそれとしてやっぱり一人で片付けろというのは無理だったなあ、とか考えつつ仁王は多少軽くなった腰を上げた。
「おーい!おーいってばー!」
「聞こえちょる。で?何じゃ?」
「あのねー、この人が遊ばないかってー!」
「ほう?」
「はあ?何だお前、どこの高校だよ?」
(怯まんな。)
此処で逃げないと言うことは、腕っぷしに自信ありか。
いや。この細さは違う。多分視認できる範囲に居ないだけで、この男にも連れが居るのだ。
そして、男には連れが居り、話しかけている女の子は一人という構図を考えると、もう何目的のどういう輩なのかは7割方決まったようなもの。
「こーこー?紀伊梨ちゃん達ちゅーがくせーだお?」
「は?なんだよ中坊かよ。」
更に相手の気が緩むのを感じる。かなりの年下と思ってなめてるのか、ホテルに中学生は入れないから撒きやすいとか思ってるのか。両方だろうな多分。
(まあ確かに、6才以上離れとると流石に多少体格に差が出るな。)
ただね。
こっちは中坊は中坊でも所属があれなんですよ。
「あ、あのー・・・お、お次でお待ちのお客様・・・」
「あ!紀伊梨ちゃんチョコレートマカダミアビッグサイズで!後ねー、えーと、「ブラッドオレンジ。」そーそー!ブラッドオレンジシャーベット!」
「何注文してんの?お前舐めてんのかよ?」
「ほう?遊ぶ代わりに奢ってくれるっちゅうんは嘘か?」
「・・・はーん。そっか、そういう感じ?混ぜて欲しい系?」
早くアイス出来ないかな。
店員には悪いが、早く作ってしまってこの場を流したいという思いはきっと同じだろう。
「混ぜ?ニオニオも一緒に遊ぶ?」
「それより早く俺の分のアイスをくれんか。一緒に渡さんでええき。」
「え?えええ、はい、」
「えー!紀伊梨ちゃんだって早く食べt「お前さんはちっと待っとりんしゃい。」
誰のせいでこんなややこしいことになってると思ってるんだろう。余計な事を言わないでほしい。今は可及的速やかにアイスが必要なのだ。
「混ぜるのは良いけど金持ってんの?」
「俺の手持ちが関係あるんか?」
「いやあるでしょ。何男のくせにタダで乗ろうと思ってんの?追加料金要るに決まってんじゃん?」
「逆に聞き返すが、お前さんは本当に金があるんか?」
「あ?」
「遊んでやる条件はアイスの奢りじゃ。逆に、払わんっちゅうならその時点で交渉は決裂ナリ。」
丁度その時だった。
仁王のアイスが出来上がったのだ。
「ぶ、ブラッドオレンジシャーベットお待たせしました・・・」
「ほれ、出来たぞ。出しんしゃい。」
「お前さっきから調子に乗ってね?何そんな上から目線なの?」
「払いたくないんか?そんならそれで別にええぜよ。」
仁王は誰が何と言うより早くアイスを手に取った。
そしてアイス部分を相手の男の方に向け、そのままアイスで目潰し。
「ぐっ!」
「おっと悪いの。大丈夫か?」
後ろにのけ反る男。
その男の手をそのまま倒れないように掴み。
握る。
「ぎっ・・・・・・!?!?!?!?うおおおおおおお!?」
「お?お?お?おにーさんどったの!?」
「さあ?どうしたんじゃろうな。」
舐めてもらっちゃ困る、このブラック部活で鍛えた握力を。
部内でもパワー自慢とは言えない方の仁王だが、それでもそこらの人間と握力勝負をしたら、大人が相手でもまず負けないくらいの自信はあった。ましてひょろい大学生なんて。
「ひぎ、うぐ、うーーー」
「どうした?痛いか?ん?」
「そなの!?大変だー!おにーさん、病院行こ!びょーいん!」
「そうじゃな、もしかしたら折れとるかもしれんから。・・・・・・なあ?」
一旦離してやった手をパキ、と鳴らすと相手は一気に青い顔になった。
「ご・・・ごめんなさい・・・・」
「何が?」
「さあの。」
「ごめんなさいいいいい!」
「あ!おにーさん病院はー!?びょーいん良いの、ねー!・・・・行っちゃった。」
(阿呆じゃな、あれでも大学生か?)
幾ら握力が強くても、人の骨なんてそうそう折れない。
ちょっと痛いと思いやすいツボをギリギリと押してやっただけの話である。
まあもしかしたら本当の骨折より痛かったかもしれないけど、そこはそれ。すぐ痛みは引くだろうし。
「あのー・・・」
「ん?」
「お、お代は・・・」
「ああ、そうじゃったな。」
「お連れ様の分は・・・」
「会計は別で頼むぜよ。」
「奢ってくれにゃい?」
「冗談は声量だけにしんしゃい。」
しかし、しょうがなかったとはいえアイスをくれてやったのはちょっと惜しかった。
そろそろ冷たいもの食べても良いかなと思ってたから、シャーベット頼む気で居たのは本当だったのに。とはいっても、頼みなおす程食べたかったわけでもないけど。
「お待たせしました、チョコレートマカダミアのビッグです・・・」
「あ、はいはーい!えーと、お金お金ー!」
そう言って財布を開ける紀伊梨の目の前にある、無料で貰えるプラスチックスプーン。それを徐に手に取ると、チョコレートマカダミアを一口分掬う。
「あー!何すんのさ、もー!紀伊梨ちゃんのチョコアイスー!」
「ちょっとくらいええじゃろ、ボディガード代じゃ。」
おお、甘い甘い。
やっぱり一口で良いや、と思いながら仁王はスプーンを咥えて帰りの電車の時間を調べ始めた。
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